理系的発想からはじまる文学賞 第9回 日経「星新一賞」

受賞作品詳細

一般部門 グランプリ(星新一賞)

「リンネウス」

関元 聡

千葉県出身、茨城県在住。東京農業大学農学部林学科卒。同大学院農学研究科修了(造園樹木学専攻)。都内のコンサルタント企業に勤務。技術士(建設部門)。

< 作者コメント >

小学校の卒業文集に将来の夢をSF作家と書き、それをすっかり忘れた頃、コロナ禍直前の地下鉄で偶然この賞の存在を知りました。「理系文学」とは何なのかはまだ手探りの途中ですが、仕事で長く関わってきた生物や環境の問題をサイエンスフィクションの形で表現できれば、元SF少年としてこれほど嬉しいことはありません。このお話を取り上げて下さった全ての関係者の皆様、創作のイロハを教えて頂いた菅浩江先生に深く感謝致します。

審査員コメント

ヤマザキマリ(漫画家・随筆家)

地球という惑星を生態系探索装置越しに体感できる感覚が心地よかった。想像力を旺盛に稼働させないとなかなかイメージできないシーンもあるが、他の作品にはないセンスの良さが感じられた。冒頭部分の「俺は喰われている」という強烈な表現も読者を引き込む導線として効果的。

梶尾 真治(作家)

SFの最高の魅力はセンス・オブ・ワンダーにあると信じます。本作はその魅力を突出して備えていました。その悪夢のような発想力は同時に思考の中で強烈なビジュアル力さえ放っていました。文句なしの星新一賞です!

佐野 幸恵(筑波大学 システム情報系 社会工学域 助教)

主人公は人工炭素として、地球の中を輪廻する視点がとてもユニークでした。ショートショートなのに、長編のSF小説を読んだような後味があり、とても密度の高い作品だと思いました。

沖 大幹(東京大学 総長特別参与・教授)

冒頭のわけのわからなさが正当SF的。中盤からはぐいぐいと読ませ、自分自身が炭素原子となって地球の生態系をめぐっている気になる。最後がやや唐突なのは気になるが、リンネと輪廻をかけるのは良いのでは。

ムロツヨシ(俳優)

最初の一文で吸い込まれる。
(役者が言いたくなる台詞です)
そこからの展開にも驚き。
輪廻となる世界に読み入りました。

滝 順一(日本経済新聞社 編集委員)

炭素循環、言い換えれば炭素の輪廻転生を炭素の視点で描いた。強烈なイメージを与える描写がたくみだ。ただ個人的には意識を持つ炭素原子という存在が咀嚼しにくく感じる。

作品は、honto で無料配布しています。

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一般部門 優秀賞(東京エレクトロン賞)

「思い出は残り香に」

武藤 大貴

1988年生まれ。久留米高専卒、九州工業大学機械知能工学科卒、同大学院機械知能工学専攻修了。研究開発法人を経て、現在メーカー勤務。博士(工学)。専門は流体力学や宇宙工学。

< 作者コメント >

この度は素晴らしい賞をいただき、ありがとうございます。おもしろいものや不思議なものに触れたときの、気分が浮き立つような感じが好きで、そう思ってもらえるような何かを作りたいなと日頃から考えています。この小説もそんな思いで作ったもののひとつです。粗削りな部分が多いですが、読んでくださった誰かにあの感じを覚えてもらえたなら、たいへん嬉しく思います。

審査員コメント

ヤマザキマリ(漫画家・随筆家)

ここに登場する宇宙人もジュニア部門の「カーテンコール」と同じく透明であり、やはり異種とのコミュニケーションを扱ったものだが、言葉を使わず意思の疎通を叶える方法として嗅覚を稼働させるという発想に、聞香という文化も含め、言語化に全てを委ねない日本の独特な国民性と風土を感じた。

梶尾 真治(作家)

人は言葉でコミュニケーションを行うが、SFの中ではさまざまな情報伝達の方法が描かれることがある。音楽や味覚でやったりということもあるし、当然、匂いによる情報伝達もありえるのでは?そんなアイデアが本体に。

佐野 幸恵(筑波大学 システム情報系 社会工学域 助教)

私たちは、ふとした香りで過去を思い出したりすることがあります。そして、もし匂いを利用して正確に情報伝達することができるとしたら、それは幸せなことなのか。そんなことを謎のゼリー星人が問いかけてくれました。

沖 大幹(東京大学 総長特別参与・教授)

色がわからないと嗅覚が研ぎ澄まされる、という伏線が回収されているとなお良かったが、設定された世界観の枠組みで物語がきちんと展開している。視覚や聴覚とは違って実際に分子が移動する匂いのウエットな感じは控えめ。

ムロツヨシ(俳優)

私と彼の関係性が素敵です。
香りがカタチに、メッセージとなる発想に驚き。
「雰囲気」を読み取れる者たち。彼らを遠ざける私たち。現代に重なる部分があるのかな、と。
とても興味深く読ませていただきました。

滝 順一(日本経済新聞社 編集委員)

心温まる異星人との交流が印象的だ。相互理解が困難な分断された社会を背景に、より質の高いコミュニケーション可能性への期待がささやかに残されるラストシーンが心に残る。

作品は、honto で無料配布しています。

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一般部門 優秀賞(アマダ賞)

「味覚転送システムの未来について」

Mouki

北海道出身。損害保険会社、出版社勤務を経て、現在フリーランスの編集・ライター。WEB記事等を制作。ペンネーム「Mouki」は、もしこの作品が誰かの目にとまったなら、それは私にとって「盲亀浮木」だと思いつけました。

< 作者コメント >

受賞は本当に思いがけなく、心より感謝申し上げます。コロナ禍で周囲や個人的にも、身近な人の病気や死に立ち尽くす中、医療の方、患者本人、見守る人が救われる方法を考え続けていて、ふと新聞でこの賞を見て、医療と文学を両立した星新一氏に背中を押されるようにこの作品を書きました。そして今は星氏に励ましをいただいような、温かい思いを感じています。

審査員コメント

ヤマザキマリ(漫画家・随筆家)

テクノロジーの便宜性と理性のせめぎ合いはエンジニア達が向き合うテーマであり、大切な人を幸せにしてあげたいがための熱意を諦める主人公の心中の葛藤が切実。文字からも行間からも作者の人間的な温度感が伝わってくる、印象的な作品。

梶尾 真治(作家)

未知の小説に感情移入できるかどうかは、作者が狙う奇想に、読者の思考の補助線をうまく延ばせるかにかかってくると思います。本作は読者の誰もが想像しやすい"味覚"を取りあげたことが成功につながったように思えます。

佐野 幸恵(筑波大学 システム情報系 社会工学域 助教)

高齢化の現在、誤嚥を予防する目的で胃ろうが作られる場面が増えました。誤嚥をなくしつつ、味覚だけを届けることができれば、と考える心優しい主人公に対し、祖父が言った「新しいものを想像したら、次にその未来を考えることが大事なんだ」という言葉が心を打ちました。

沖 大幹(東京大学 総長特別参与・教授)

味覚には嗅覚や口腔内の触覚なども大きく影響していると思うので、ややストーリーへの没入感が少なかった。最後のダジャレの収まりが悪い。人工肉と絡めたストーリーでどんでん返しがあると良かったのでは。

ムロツヨシ(俳優)

審査会議で、私が一番発言を多くさせて頂いた作品です。
最後のじいちゃんとの会話の答えを私は知りたい。作者の方とお話ししたい。
この作品が映像化されたときは、
わたしが「僕」の役をやります、と会議で発言してしまっていました。

滝 順一(日本経済新聞社 編集委員)

味覚を巡ってリアルとバーチャルのせめぎ合いが描かれる。味覚もしょせん情報なのだから情報の形の方が便利な時もあれば、情報だけではやはり本当の味覚体験とは言えないとの立場もある。作者はリアルに軍配をあげ賞を辞退し祖父の霊前に「ワンタン」を捧げる。

作品は、honto で無料配布しています。

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一般部門 優秀賞(旭化成ホームズ賞)

「問われている。」

中村有理

1991年生まれ。大阪府出身。現在は民間企業に勤務。

< 作者コメント >

この度は過分な賞をいたき、誠に光栄です。一人でも多くの方に読んでいただけると嬉しいです。世の中におもしろい本は沢山ありますが、素晴らしいSF小説は、脳みその中に宇宙が生まれるような快感を私に与えてくれました。そんな傑作たちへの憧れから逃れられず、私は小説を書き続けております。受賞作を読んでくれた誰かの頭の中で、もしも小さな宇宙が生まれたのなら、それは最上の喜びです。

審査員コメント

ヤマザキマリ(漫画家・随筆家)

逼迫した状況の中であってもスパコンの操作に逆らわず、数値に拘束された中でしか行動を許されない人間の心理が描かれているのが興味深かった。自分の意思で動く責任を誰しも失いつつある現代人の傾向が重なる気がした。

梶尾 真治(作家)

世界観が読者に与える印象がなかなかユニークに感じますが、オチに向けての展開に向けてもうひとひねりあれば深みが増した気がします。もっととんでもない驚きを求めたのはないものねだりだったのでしょうか?

佐野 幸恵(筑波大学 システム情報系 社会工学域 助教)

思わず線分図を引いて、計算しながら読みました。この発想はありそうでなかったなという新鮮な驚きがありました。さらに、なゆた様が登場する世界観はダイダラボッチを髣髴とさせるオカルト的な面白さもありました。

沖 大幹(東京大学 総長特別参与・教授)

前半の完成度は特に高く、映像が目に浮かぶ。文章題になったところで笑った。字数制限のためか、その後の説明に部分の整理がついていなくて、キャラクター設定にぶれというか錯誤が生じているようにも読めたのが残念。

ムロツヨシ(俳優)

「問題文」がキーとなる作品。そこの個性に惹かれました。
理系文学であり、短編であり、の答えの一つのような作品。
なんか、かっこよいです。

滝 順一(日本経済新聞社 編集委員)

読者を煙に巻く物語前半の仕掛けが見事。思わず笑ってしまう。思わず計算してしまうのは私だけではないだろう。

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一般部門 優秀賞(図書カード賞)

「あなたはそこにいますか?」

葦沢かもめ

東北大学にて生物学を学び、京都大学大学院へ進学。博士(医科学)。現在は民間企業にてデータサイエンティストとして勤務しながら、趣味でAIを使って小説を執筆している。作家としての活動の全てをプログラム化することで、人間の体が無くなった後も作品を発表し続けることが目標。

< 作者コメント >

この度は星先生の名を冠した賞を頂き、大変光栄に存じます。実は今回、私はAIと一緒に3週間で101篇書いて応募しました。賞を頂いた作品は、本命として主に自分の手で書いたのですが、少しだけAIを使っています。他の100篇は、ほとんどAI任せで書きました。たくさんの物語を同時並行で執筆するのは初めてでしたが、とても楽しかったです。AIと共創することで見えてくる新しい文学をつかめるよう、これからも精進します。

審査員コメント

ヤマザキマリ(漫画家・随筆家)

脅威として描かれるAIものが多いという印象を今回の審査会では受けたが、この作品もまさにそのひとつ。教育や思想を規制することで自我意識に執着せず、国家に統括されやすい民衆を育もうとする国は既に存在するが、そうした社会傾向の揶揄としても読める。

梶尾 真治(作家)

面白くよみましたが、主人公のネーミングが琴乃葉で、偶然とは思えずそれからの展開に興を削いでしまった気がします。一般読者をとりこめるかといえば、題材的になかなか難しいように感じました。マニア向けになりませんように。

佐野 幸恵(筑波大学 システム情報系 社会工学域 助教)

AIが書く小説の著作権はどこにあるのか、そして作家の創造性とは何なのか、考えさせられる作品でした。「旧式のAI」が書いた文章も味わい深く、さらに最後のどんでん返しも楽しかったです。

沖 大幹(東京大学 総長特別参与・教授)

すらすらと読ませる良い文章。冒頭の段落や終わり直前の「可能性の枝を切り落とし、生えてきやすい言葉を無視するという決断をするところから、芸術というものは生まれる」はさすがAIならではの文章。

ムロツヨシ(俳優)

AIを扱う作品が多い中、個性とまとまりがあるという点を評価させて頂きました。

滝 順一(日本経済新聞社 編集委員)

AIが作った小説の校正を樹木の剪定に例えたイメージは新鮮でわかりやすい。「あなたはそこにいますか」というタイトルの意味が最後に明かされる。その幕切れがもっと効果的であれば、なおよかった。

作品は、honto で無料配布しています。

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ジュニア部門 グランプリ(星新一賞)

「カーテンコール」

小林 宗太

2010年熊本県生まれ東京都在住
町田市立忠生第三小学校5年生
趣味は読書、漫画、ゲーム 特技は合気道

< 作者コメント >

この作品は引越しをした時に部屋に付いた新しいカーテンを見て思いつきました。
大好きな星新一さんの賞を受賞できるなんて本当にうれしい気持ちでいっぱいです。
これからもみんながワクワクするような作品を書いていきたいです。ぼくの作品を選んでくださってありがとうございます。

審査員コメント

ヤマザキマリ(漫画家・随筆家)

今回の応募作品の中でも私にとっては傑出して面白く、かつ感動的でもあった。若い人の作品にありがちな背伸び感もなく、ほのぼのとしたユーモラスで読者を綻ばせる演出もさることながら、価値観や考え方の違いに無理な共有を強いることなく認め合った結果のエンディングは見事。

梶尾 真治(作家)

とても素敵な物語でした。外見はグロテスクな宇宙人を助けてやり、地球とはどのような星なのかと案内してやる。助けた少年も助けられた宇宙人も、善意を強く読者に感じさせてくれます。こんな未来になればいいなぁ。読後気持ちがやすらぎました。

佐野 幸恵(筑波大学 システム情報系 社会工学域 助教)

美しい空を見上げたような気分にさせてくれる素敵な作品でした。宇宙人のスケスケがトイレに行くシーンを冷静に描写する主人公など、短い作品の中にユーモアも溢れていました。それだけではなく、他者をどう理解していくかという深いテーマにも触れています。

沖 大幹(東京大学 総長特別参与・教授)

スケスケ星人という何のひねりもない直球勝負のネーミングと、カーテンコールという絶妙のタイトルの落差にめまいがする。文章は極めて流暢で、ガラス細工の様に繊細でありながらユーモアにも溢れる中身は秀逸。

ムロツヨシ(俳優)

全ての部門のなかで一番好きな作品です。 頭の中で映像化され、星新一賞ではありますが、子供の頃みていた藤子不二雄の世界が繰り広げられる。
地球人の、人間の良さ、とは?
そしてなんといっても、タイトルの秀逸さ。
グランプリに相応しいと考えました。

滝 順一(日本経済新聞社 編集委員)

あどけない、天真爛漫なファーストコンタクトSFではあるが、そこのこめられたメッセージは深い。異文化に接して知る心のカーテンへの気づき。どちらが正しいではなく、違いを尊重することの大切さを示す。

作品は、honto で無料配布しています。

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ジュニア部門 準グランプリ

「紅(くれない)の追憶」

中西 俊介

2008年東京都世田谷区生まれ。世田谷学園中学校在学中。卓球、サッカー、音楽ゲーム、麺類が好きな中学生。

< 作者コメント >

星新一先生の本は小学生の頃からの愛読書ですが、何度読んでも新鮮なのが不思議です。100年後の未来をこの目で見たい、健康に長生きしたいという人間の尽きない欲求を、不老不死と言われているベニクラゲの客観的な目線で描きました。心のどこかに幼い頃水族館で見たクラゲの神秘的な美しさが残っていたからかもしれません。作品を読んでくださった審査員の方々とこの課題を与えてくださった学園の先生方に感謝いたします。

審査員コメント

ヤマザキマリ(漫画家・随筆家)

なぜ人間だけが長く生きながらえること、若くあり続けることにこれほどまでに執着するのか、主人公の赤クラゲの目線はもしかすると作者の思いを顕示しているのかもしれない。着眼的も、新薬の性質のアイデアも秀逸。

梶尾 真治(作家)

不老不死の生命"紅クラゲ"は30日前の細胞を若返らせる力を持つというが、その生殖から作られた「30DAYS」は恋人の延命を願い開発させられる。その効果は何をもたらすことになるのか?考えさせられます。

佐野 幸恵(筑波大学 システム情報系 社会工学域 助教)

クラゲの視点から描写され、独特の空気感を感じました。まるで自分がこのクラゲK-002のいる研究室にいるような気分になりました。不老不死とまではいかなくても、30日分だけ前の状態に戻れるという設定も秀逸です。

沖 大幹(東京大学 総長特別参与・教授)

30日どころか、毎日記憶がリセットされる「50回目のファーストキス」は舞台もハワイで明るくハッピーエンドであったが、この作品はやるせない。漆黒の宇宙にひとり取り残された永遠の孤独を感じさせる星新一の世界。

ムロツヨシ(俳優)

悲しくも愛おしい作品です。
グランプリの作品と同じくらいの評価をさせて頂きました。ストーリーが素晴らしい。
意志を持つクラゲの視点というところも、感心してしまいました。

滝 順一(日本経済新聞社 編集委員)

独特で不思議にリアリティを感じさせる表現力に魅力を感じた。クラゲは太平洋の真っ赤な夕日を夢に見る。F博士の死に涙を流すが、「水槽の水位は1ミリも上昇しなかった」。それらが永遠にやってこない結婚式、永遠に停滞し続ける文明というラストシーンの空恐ろしさに繋がる。

作品は、honto で無料配布しています。

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ジュニア部門 優秀賞

「二人は幼なじみだった」

萩原 杏奈

2006年埼玉県生まれ埼玉県育ち。お茶の水女子大学附属中学校在学中。

< 作者コメント >

今回の受賞に対して驚きと感謝の気持ちでいっぱいです。初めてSFの短編を書いたのですが、実際に書いてみてSとFのバランスをとる難しさに気付き、星先生の偉大さを改めて感じました。
作品づくりでは等身大の未来を書くことを意識しました。5000字近い茶番のタネ明かしのような役割を題名に担ってもらったので、題名でこのお話の気味の悪さに気付いていただけたら嬉しいです。

審査員コメント

ヤマザキマリ(漫画家・随筆家)

この物語に出てくる「本」は、人間は苦労や矛盾や失望を覚えるような人間とは最初から付き合わずに過ごせるという合理性を示唆しているが、感情を言語に置き換えて他者とコミュニケーションを交わすことに不慣れな日本的発想だという印象があった。

梶尾 真治(作家)

人生をオートで記録していってくれる本が存在するという発想が面白い。その本に書かれている内容がどのように人生に影響をもたらすのか? またそれが人生そのものを左右する力を持っているとも想像する。果して本当なのか⁉

佐野 幸恵(筑波大学 システム情報系 社会工学域 助教)

国の政策によって一人一つの「本」が配られ、「本」に全てが記録され、「本」に基づき結婚相手も決められる、というジョージ・オーウェルの1984を髣髴とする世界ですが、不思議と悲壮感はありません。読後も清々しい気持ちにさせてくれました。

沖 大幹(東京大学 総長特別参与・教授)

王道SF的設定に沿って進むラブストーリー。夏の恋がディテールに浮かび上がってくる。しかし、プロットの鍵となる本の厚さにリアリティがないのは、きっと実際には物質的な本ではなくて携帯の文書ファイルになるだろうからか。

ムロツヨシ(俳優)

自分をオートで記録してくれる本、という発想からのラブストーリー。
友人の存在、キャラクターをもっと描いてもらって、さらに読みたいな、と。
ハッピーエンド好きの私にとって、楽しく読ませて頂きました。

滝 順一(日本経済新聞社 編集委員)

不思議な出会いで始まるラブストーリーだ。なぜ彼女が彼を好きになるのか、何も書かれていないが、なぜカツサンドなのかと同じくらい、その理由はどうでもよく思える。ライフログなどといったカタカナ専門用語を使わず「本」と表現したところも作者の工夫だと思う。

作品は、honto で無料配布しています。

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ジュニア部門 優秀賞

「記憶」

髙向 剛志

2006年生まれ。横浜市立都田西小学校卒業後、聖光学院中学校へ。陸上部所属。
学校では友人と文芸同好会を設立し、和気あいあいと活動中。

< 作者コメント >

今回はこのような名誉ある賞に選出していただき、本当に嬉しく思います。
インターネットの普及に伴い個人の「分からない事」は減ってきたが、果たして「分かっている事」は増えているのか?という話を耳にし、ストーリーを思いつきました。
この話が読む人にとってちょっと面白くて、少しハッとするような作品になっていればと思います。

審査員コメント

ヤマザキマリ(漫画家・随筆家)

ブラックなエッセンスのショート・ショート。個人的にはこのくらいの長さの風刺的作品は好きだが、ブラックを引き立てるのにユーモラスなエッジは必至。どこかにもっとシニカルな笑いを挑発してくれる要素があったら、オチのパンチ力も増したかもしれない。

梶尾 真治(作家)

万能のコンピューターを破壊すれば人類の進歩を促進できると考える人々がいる。真実は果たして。バベルの塔の話を思い出させる話だと思った。

佐野 幸恵(筑波大学 システム情報系 社会工学域 助教)

現在の私たちは、分からない事や知りたい事があると、すぐにウェブで検索して、答えを探してしまいがちです。そんな未来の延長がどうなるのかを考えざるをえない、短くも鋭い視点で書かれた作品でした。

沖 大幹(東京大学 総長特別参与・教授)

何かがあればインターネット検索でなんでも情報が得られる現代を風刺しているのかと思いきや、○○を覚えていなかった、というオチは「そこか!!」という感じ。文章も上手でよく構成され、まとまっている。

ムロツヨシ(俳優)

ザ!短編!素敵です。
そして、オチ!いいですね、好きです。
もう評価ではなく、ただの感想文ですが、読み終えた時、いいショートショートを読んだなぁ、と。

滝 順一(日本経済新聞社 編集委員)

ショートショートの見本と言える作品。冒頭からの緊迫感あふれるセリフのやり取りから、終幕の悲劇まで一気呵成に読ませるのは見事だ。

作品は、honto で無料配布しています。

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ジュニア部門 優秀賞

「lost memory」

宮尾 昌志

2008年生まれ。世田谷学園に在学中。中学一年生。

< 作者コメント >

星新一賞への応募は中学校の夏休みの宿題の一つでした。
夏休みの宿題は8月31日にやるタイプなのですが、 応募する話の主題を決めていたり、使いたい技法があったり、 何より楽しみだったので早めに終わらせることができました。
そんな楽しんで書けた作品が受賞できて嬉しいと思うのとともに非常に光栄に思います。審査員の皆様、星新一賞に関わった全ての方々に心より感謝します。

審査員コメント

ヤマザキマリ(漫画家・随筆家)

最近では医療目的でチップを埋め込まれる時代なので、ここに書かれているBrainチップが普及する世界というのも想像に苦しく無い。Brainチップに対する懐疑性も含め、思いがけないさや斬新さに物足りなさを感じた作品だった。

梶尾 真治(作家)

ジュニア部門で多いのは、技術の進歩が果して人類に幸福をもたらすものかという問いかけだったように思います。「記憶」も本作もそのように感じます。

佐野 幸恵(筑波大学 システム情報系 社会工学域 助教)

脳にチップが埋め込まれた未来。脳チップのスペックによって生じる格差、システムの大型アップデートによる混乱、大手会社の不祥事など現在社会の相似形の問題点が網羅されており、興味深く読みました。

沖 大幹(東京大学 総長特別参与・教授)

チップには初期不良がつきもの、という着眼点は良いし、2~3年で更新する際に高性能だが高価なチップを買えるかどうかは経済格差の暗喩か。最後の一行をどれだけ深刻に受け止めるかで作品の評価は変わるのではないか。

ムロツヨシ(俳優)

今のスマホの時代から、もし脳のチップが当たり前の時代になったら、その怖さや悲しみを考えさせられました。
学生の話でしたので、その中でのストーリーがもっと読みたかった印象はあります。

滝 順一(日本経済新聞社 編集委員)

「いま」を感じさせる話し言葉でストーリーが小気味よく進む。脳内チップをめぐる入れ子構造のような陰謀らしきものが終盤に明らかになる。AIが全てを判断する近未来社会を皮肉った物語とも受け取れる。

作品は、honto で無料配布しています。

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学生部門 グランプリ(星新一賞)

「Love is free」

紺せまる

1999年生まれ。北九州市立大学文学部比較文化学科在学中。3月に卒業見込。

< 作者コメント >

このたびは栄えある賞に選んでいただき、本当にありがとうございます。放課後の図書室で星先生の作品を読み漁っていたあの頃の自分にはやく教えたいです。最後の学生生活における特別な思い出になりました。
こんなものがあったらいいなという空想と、いま自分が深く考えたいと思っている事柄を掛け合わせて、物語をつくりました。どんな時代になっても、恋愛が自由でありますように。

審査員コメント

ヤマザキマリ(漫画家・随筆家)

審査会の時に読み返し、評価を一からやり直した。昨今の若者の多くが恋愛に積極的でないのは、恋愛=幸せという価値観の共有と押し付けに嫌気がさしているからだという、その現代的な問題点が顕著に読み取れる。恋愛をできない人は不幸であり、間違っているという狭窄的かつ短絡的な解釈が大事な人間関係も壊しかねない。恋愛と限らず”幸福”の価値観の多様性を我々はもっと受けいるべきかもしれない。そんな大切なことをこの作品で再認識した。

梶尾 真治(作家)

本作を読む寸前に全女性恋愛データを組み込んだ男性AIと暮す独映画を観てしまい、これからはこんな話がふえるのか、と私にとっては辛口の評価になりました。ただ、話の語り口は、たしかにうまい。他の作品も読んでみたいものです。

佐野 幸恵(筑波大学 システム情報系 社会工学域 助教)

初めはアンドロイドと生身の人間のありがちな恋の話なのかなという印象でした。でもそれはいい意味で裏切られました。同性婚が認められ、恋愛至上主義のような状況となった未来、アセクシャルの若者が、既存の価値観に縛られない新しい関係性を見つけていく姿が健気です。

沖 大幹(東京大学 総長特別参与・教授)

タイトルは「恋は無料」という意味ではなく「恋愛の自由」。Freedom of Loveの方がまだ意図に近かったかも。でも、「心人」というタイトルが良かったのではないか、という気がします。

ムロツヨシ(俳優)

単純に読み進めていた自分を後悔した。
ひと昔前の少女漫画のような作品にみえていたが、その後ろに隠されてる、かもしれない事たちに気づく。このグランプリには、とても考えさせられ、影響を受ける。
この学生の方に会えるのを楽しみにしています。

滝 順一(日本経済新聞社 編集委員)

いくつかの観点で「今」を象徴する作品。恋愛専用アンドロイドはアニメやゲームの世界の美少女嗜好の危うさと底通し、主人公の思想は恋愛至上主義的な社会通念への批判だ。そうした批評的な解説を超えて、結ばれることがタブーのはずの2人を結ぶ真っ当なラブストーリーだ。

作品は、honto で無料配布しています。

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学生部門 準グランプリ

「静けさや」

滝澤 諒

2000年、兵庫県生まれ。東京都立小石川中等教育学校卒業、一橋大学社会学部在学中。

< 作者コメント >

自信作ではありましたが、いざ受賞してみると信じられないような気もします。音も情報も氾濫する今日この頃、聞き良いものばかり耳に入れていると大切なものを見落としてしまうかもしれません。そういう思いで書きました。選考に関わっていただいた全ての関係者様、そして友人たちに感謝しています。もっと面白いものを書きますので、次回作にご期待ください。

審査員コメント

ヤマザキマリ(漫画家・随筆家)

見たいものしか見たくない、聞きたいことしか聞きたくない、という現代の人々にありがちな傾向のレトリックとも言えるイヤホンのアイデアが面白い。この装置の向こう側に見えてくるのは家族同士ですら実直な思いを伝え合えない世知辛い社会の実態でもある。

梶尾 真治(作家)

自分の好む音だけを聴くことができる未来の話。それが何故生まれ、どのような弊害を生み出しかねないのかを多角的に想像した本作は、迎える結末の巧妙さに加えて、物語の結構も考えぬかれたものだと感心しました。

佐野 幸恵(筑波大学 システム情報系 社会工学域 助教)

高機能なノイズキャンセリングのイヤホンのような<オーリス>を中心に、夏のワンシーンが陽炎の中から立ち上ってくるような作品でした。そして最後の一文にハッとさせられます。同性婚、養子、災害システムとプライバシーの問題など、短い中にも多くの重要なキーワードが出てきました。

沖 大幹(東京大学 総長特別参与・教授)

前半で最後の行が予想できてしまうのが残念だったが、完成度は高い。せっかく面白いガジェットを思いついたのだから、日常的な悲哀やエピソードをあれこれ記して楽しませて欲しかった。

ムロツヨシ(俳優)

不快の音を排除できるイヤホン、という発想が独創的で素晴らしいです。
短編小説としての世界観、最後の一言、素敵な締め方です。

滝 順一(日本経済新聞社 編集委員)

母と子の相互理解をめぐる物語をスマートノイズキャンセリング機能を持つイヤホンを小道具に展開した物語であるが、もう少し踏み込めば情報を取捨選択することの危うさを語った物語とも言える。

作品は、honto で無料配布しています。

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学生部門 優秀賞

「マイコ」

中川 朝子

2000年、大阪府生まれ。愛知県立旭丘高等学校卒業、名古屋市立大学医学部3年次在学中。クマ財団5期生。『彩話師』で第8回星新一賞学生部門優秀賞を受賞。他、第39回大阪女性文芸賞受賞、第17回出版甲子園準グランプリなど。趣味は囲碁とクイズで、『Qさま!!高校生大会』に出たことがある。好きな漫画家は手塚治虫と藤本タツキ。好きなSF小説は『三体』、『アルジャーノンに花束を』、『あなたの人生の物語』など。中日ドラゴンズの大ファン!

< 作者コメント >

栄誉ある賞を二度も受賞でき、とても嬉しく思います。意識、そして知性は、生物を幸せにするのだろうか? 進化の途上で意識が形成されたならば、いつか失われる日が来るのではないか? そのような問いから本作は生まれました。日常がSFに漸近する世の中で、虚構と現実に上手く折り合いをつけながら、面白い小説を書きたいと考えています。改めまして、関係者の皆さんに感謝申し上げます。

審査員コメント

ヤマザキマリ(漫画家・随筆家)

コロナ禍「ウイルスとの共生」という言葉を度々耳にしていたが、この作品が生まれた背景にはそんな世情が影響していたのだろうか。ウイルスを短絡的に悪と置き換えるのは人間至上主義的エゴイズムと捉えている私には、とても面白く読めた作品だった。

梶尾 真治(作家)

昭和の頃、SFというジャンルの呼称がまだなかった頃、一般的に「空想科学小説」と呼ばれていました。本作は、その時代に読んだテイストを由緒正しく引き継いでくれているという印象を持ちました。私は好きですねえ!

佐野 幸恵(筑波大学 システム情報系 社会工学域 助教)

マイコを通じて人権ならぬ菌権について考えさせられるユニークな作品でした。「採掘者の半分以上は、研究者としてのキャリアを断念した理系学部の人間である」という描写が妙にリアルな感じで引っかかりました。

沖 大幹(東京大学 総長特別参与・教授)

知性を持つマイコプラズマ、という設定は面白い。リコとマイコの交流がもっと描けていれば感情移入できた気がする。最後にもう一回どんでん返しが欲しかった。

ムロツヨシ(俳優)

今回読ませて頂いた中でも、発想の場所が一番驚かされました。
意志を持つ細菌。マイコとの会話と、マイコの感情の流れ。
とても惹きつけられました。

滝 順一(日本経済新聞社 編集委員)

知性を持つ種同士は対立し合い共生できない。そう悟ったマイコは自らの知性を失わせる(あるいは自らを消失させる)。人類は地球上で唯一知性を持つ生き物だと自らを特別視してはいないか。そう考えさせる力のある作品だ。

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第9回 日経「星新一賞」総評

第9回の星新一賞の最終審査は、前年はリモートによる審査であったが、全審査員が顔を会わせるという通常の形で行われることになった。コロナ禍にあっては当然のことだが、ソーシャルディスタンスをはかり、席の周りにアクリル板を立て、換気も十分にした上で、審査員の皆さんにはマスク着用をお願いして実施することになった。
リモートにはリモートなりの良さがあるけれども、どこか論議の盛り上がりに欠けるところがある。やはり皆さんと同じ空間にいるというのは、すばらしいことだ。様々な化学反応があったように思う。
実は、今回、審査員の一人の方がコロナ陽性で欠席となったために、五人の方による審査という変則的な形になった。欠席の審査員の方からはメモの形で感想や意見をいただいていたので、必要に応じてそれを紹介するという形をとった。それでも投票は五人で行なうことにならざるを得ない。星新一賞の審査は六人という偶数で行うという形をとっている。単純な多数決という方法をとらずに審査における論議を尽くすためにとられた方法であるわけだが、今回は五人という奇数で実施することになったわけだ。
問題は決定するための投票の数である。六人の場合は決定するためには最低でも四票が必要となる。三分の二、66%以上になる。それが五人の中で四票を取るとなると、80%の支持ということになるわけで極めてハードルが高くなる。そこで三票で決定という形をとった。60%である。若干ハードルが下がることになるが、今回だけの特例とした。
結果を見ると、各作品に対する論議は十分に成されたし、何よりもグランプリやそれに準ずる作品の得票は五票あるいは四票ということになった。六人で実施されたとしても決定に十分な得票だ。受賞した皆さんの作品が、例年に劣らぬ素晴らしいものだったことを示している。
今回の作品の全体を見ると、パンデミックを扱ったものが多くなると予想していたが、思ったよりも少なく、気候温暖化やAIを扱ったものが多かったように思う。コロナ禍の中にポジティブな面を見ようとする作品もあり、次回にどのような作品が出てくるのか、興味深い。
例年通り、審査はジュニア部門から始めた。
ジュニア部門に対する評価は高い。それは様々な枠を越えた想像力を見ることができるからだ。小説としての完成度よりも、発想力やアイディアに対する評価が優先されることになる。今回は小説としての完成度が高い作品が幾つもあった。それはすばらしいことだが、それによって、ジュニアらしさが失われてはならないと思う。今回の結果はそのことを再確認したものだろう。また数年前まで目についた未来に対する悲観的な見方よりも、ポジティブに捉える作品が多かったことも指摘しておきたい。そこには単純な楽観主義ではなく、明るい未来に対する希望が見てとれた。自分たちの小さな努力が未来を変えていくというようなメッセージが含まれた作品もあった。
学生部門は、創設以来、必ずしも高い評価を受けてこなかった。今回、そこに新たな視点が見いだされたように思う。それはこのカテゴリーらしさということだった。十代から二十代というこのカテゴリーの中心を成している皆さんの感覚ということになるかと思う。たとえば一般的には常識的と思われることが、皆さんにとっては非常識であるようなものがあるということだ。
例としてはふさわしくないと思うが、十年前までは当然と思われた言動が、現在ではパワハラ、セクハラと受け止められるようになった。そうした変化は様々な形で常に進行している。学生部門に該当する皆さんはそうした変化の最前線にいる筈だ。学生部門らしさということについてはこれまでも何度か議論が成されてきたが、今回のように具体的に語られたのは初めてだったように思う。皆さんが日常的に感じていることが、実は新たな視点を生み出すことになるのかも知れない。皆さんが皆さんらしさを出すことによってこのカテゴリーに新たなエネルギーつぎ込まれるように思う。その意味でも今回の入賞作を読み直してもらいたい。
一般部門は、レベルが高くなっている。その結果、優れた作品とそれ以外の作品の間にかなりの差が出ている。アイディアだけではなく小説としての完成度が要求されることになる。たとえば用語や単語の選び方にも注意をはからなければならない。こうした部分は何度も推敲を重ねることで避けることができる部分でもある。
AIが取り上げられる作品が幾つもあった。そこに新たなドラマや展開が生まれる。そのことは歓迎すべきことだ。けれども、それを使えば何でも可能になるというような方向の作品はあまりにも安易だろう。新たな科学、新たな技術を取り入れるためにはそれなりの知見が必要だということを考えて欲しい。
全体としては作品の完成度も上がり、安定して来たように思う。来年は10回目になる。これまで以上にすばらしい作品が応募されることを期待したい。

日経「星新一賞」最終審査会 司会進行 鏡 明

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