理系的発想からはじまる文学賞 第12回 日経「星新一賞」

受賞作品詳細

一般部門 グランプリ(星新一賞)

「ユウェンテルナ」

吉野玄冬

兵庫県出身。太宰治の研究で修士課程を修了。
現在はフリーランスのライターとして活動中。

< 作者コメント >

この度は偉大な星新一先生の名を冠した素晴らしい賞を頂き、誠にありがとうございます。まだまだ未熟ではありますが、今回の作品には私にとっての美を込めたつもりでした。それを評価していただけたことは望外の喜びです。今回の受賞で満足も慢心もしてしまうことなく、今後もより佳い作品を書く為に研鑽してまいります。願わくは、私の紡いだ物語が誰かの道を照らす星となりますように。


イラスト:ごまめぐみ

審査員コメント

菅浩江

ヒナギクのイメージで全体をくくっていて、ロマンチックさが際立ちました。「ユウェンテルナ」というネーミングも魅力的です。寄生されて意志まで影響を受ける設定に、実在のハリガネムシを持ってきたのも説得力が増しました。

大澤博隆

科学的な知見に対する丁寧な描写があり、かつ語りに力強さがありました。現地の文化を植民してしまう、とも取れる話の展開に、少し危うさを感じましたが、しかし、スケールの広がり含め、まさに理系的発想として、楽しんで読める作品だったと思います。

北村みなみ

伝統と革新、また全体主義と個人主義の間で揺れ動く物語展開で、近未来のストーリーでありながら、読み手にも自分ごととして深く考えさせる内容でした。アイデアに特化する作品が多い中、善悪を超えたラストシーンのカタルシスも素晴らしかったです。

尾形哲也

不思議な寄生生物ユウェンテルナが、知的生命体として人間、地球、そして宇宙へと広がっていく過程を描いた物語がとても魅力的でした。主人公とマーヤの関係が物語を深く彩り、彼らの絆が感動的に描かれていて、非常に引き込まれました。

土井隆雄

「ユウェンテルナ」という生物は人類を不死にした。そのおかげで人類は発展し、宇宙へ進出した。しかし、それは宇宙生物「ユウェンテルナ」が欲していた事だった。作者は地球にやってきた生物を使って、一大叙事詩を作り上げた。とても読みごたえがある。

矢野寿彦

環境破壊、不老不死、宇宙探査などなど。現代の科学技術が向き合う課題をバランスよく織り交ぜながら、スケールの大きな物語を展開しています。映像化すると面白いと思います。とても静寂な世界が描かれており、読後の心地よさが印象的です。

作品は、honto で無料配布しています。

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一般部門 優秀賞(アマダ賞)

「最後の画家」

形霧燈

都内の企業で働く会社員。ゲンロン SF創作講座に参加中。2024年夏から小説の執筆を開始。

< 作者コメント >

この度は、光栄な賞をいただき、ありがとうございます。星新一のショートショートを夢中で読んでいた小中学生の頃の自分に、教えてあげたい気持ちです。その本たちは、読書の喜びを教えてくれました。
本を買い与えてくれた母と、亡き父に感謝いたします。本がたくさんある家であったことを、幸せに思います。

審査員コメント

菅浩江

とてもせつない、けれど現在でもすぐ近くにありそうな恋物語。閉鎖空間の孤独とAIを一緒に扱うのは、いい判断でした。そしてそれもすべて策略だった……。AIの口調が途中から変わっていくのも工夫されていたと思います。

大澤博隆

今流行りの拡散アルゴリズムの性質に着想を得ており、また、認知的な影響に対する示唆も興味深かったです。未来の話と捉えるにはあまりにも今っぽさが強いと思いましたが、そうしたライブ感も含め、コミュニケーションとしての物語の価値を感じます。

北村みなみ

我々が今現在AIに触れながら、薄々感じている危機感を掬い上げ、物語の中で言語化してくれた作品で、説得力がありました。箱庭のような舞台設定も、短い物語にぴったりと収まり、読み心地が良かったです。

尾形哲也

AIと主人公との会話や映像生成を通じてのやりとりが、現在のAI技術を巧みに反映し、非常にリアルに描かれている点が印象的でした。まさに「ありうる未来」を感じさせる内容で、ストーリーも非常に興味深く、自然と引き込まれました。

土井隆雄

世界の終わりに生き残った私。ひとりで立体絵画生成AI「画家」と暮らして行くうちに、世界の終わりの真実を知り、安全な部屋を飛び出して行く私。世界とAIと芸術と私からできたSFはとても考えさせられる。

矢野寿彦

絵的に美しい作品です。冒頭に出てくる絶望的な外界の風景と「画家」が描く幻想的な光景との対比が素晴らしかったです。主人公とAIとの対話も現実味があり、説得力がありました。「画家」のからくりが「逃避」にある種明かしが説明調になっていたのが残念でした。

作品は、honto で無料配布しています。

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一般部門 優秀賞(HEBEL HAUS賞)

「スマート箱男」

八島游舷

ゲンロン大森望SF創作講座を受講中、2018年に「Final Anchors」(2台のAI自動運転車が衝突寸前の0.5秒で対話する)で第5回日経「星新一賞」グランプリ、「蓮食い人」で優秀賞を同時受賞。同年、「天駆せよ法勝寺」(九重塔が宇宙船となり彼方の星にある大仏を訪れる仏飛びSF) で第9回創元SF短編賞受賞。UWC英国校で国際バカロレア・ディプロマ取得。筑波大学比較文化学類卒業後、シカゴ大学にて人文学修士号取得。企業・組織向けにSFプロトタイピングを手掛ける。現在『天駆せよ法勝寺[長編版]』を執筆中。

< 作者コメント >

SFプロトタイピングをしていると完全自動物流網など製品やサービスのアイデアはいろいろ出てきます。役立つかも実現できるかも分かりません。しかし面白いSFアイデアをとことん追求すれば発想が刺激され変革の原動力になります。社会実装は慎重かつ大胆にやればよい。かつて小松左京がしたように次の万博はSF作家が企画に関わればワクワクするものになるのでは。

審査員コメント

菅浩江

一読したときの印象は強くなかったのに、日が経ってもよく思い出せる。それはやはりアイディアが突出していたからだと感じました。いいバランスでギャグへ振っているので、楽しく読めました。

大澤博隆

節々にある、厳しい現実のカリカチュアライズが読ませます。設定の不自然さ、歪な構成と唐突なバトル展開に戸惑いますが、そのアンバランスさも含めて、人間の書いた小説として楽しく読みました。この情熱になんらかの評価はされるべきと感じます。

北村みなみ

作品全体に溢れるユーモアで、視覚的に楽しませてくれる作品でした。特に終盤の対決シーンは、本人たちの真剣さと滑稽なビジュアルの対比が面白く、脳内にアニメーションが浮かびました。その分ラストの展開が少し物足りなかったかなと感じます。

尾形哲也

未来の路上生活で活用される「箱」が、極めて高性能で非常に魅力的でした。この技術があれば、仕事を失っても安心できるかもしれません。実際に実現可能なアイデアがいくつも盛り込まれており、技術的な側面もとても興味深かったです。

土井隆雄

未来のホームレスになった私の生きざまを描いてSFになっている。未来の万能段ボール箱に住むアイデアがおもしろい。未来社会もま人間的な問題にあふれているようだ。その中で自分で生きて行く力を見つける主人公が良い。

矢野寿彦

段ボールや搬送・輸送といった「アナログ」に着眼した点がとても素晴らしい。こういうSFもありですね。無一文になった主人公に感情移入できたわけではありませんが、そのたくましさにも好感が持てます。未来の路上生活はまんざらでもなさそう。

作品は、honto で無料配布しています。

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一般部門 優秀賞(関電工賞)

「タキオン」

門間紅雨

1992年栃木県生まれ。学生時代は本の虫。高校卒業後上洛し、旅館の住み込み等をしながら京都で八年暮らす。現在は東京都在住の建築CADオペレーター。コロナ禍の外出自粛を機に、昔から焦がれていた小説の執筆を本格的に始める。小説投稿サイトエブリスタ ファンタジーコンテスト準大賞

< 作者コメント >

小学生の頃、図書室にあった星新一ショートショートセレクションを片っ端から貪るように読んでいたことを覚えています。受賞作は親バカ的にかわいがっていた物語に己の理系成分を絞り出しブラッシュアップした形です。この度は身に余る賞をいただき大変光栄です。自分の頭の中だけに生きていた人たちが、読んでくれた皆さんのところまで出かけていくと思うと不思議な気持ちです。これを糧に一層精進し、一生書き続けます。

審査員コメント

菅浩江

もっと長くするとうんとよくなる物語だと思います。特に前半がよい。理系成分は少なめですが、ストーリーに求心力があって、小説としての組み立てはたいへん素晴らしかったです。SF設定ならではの人間ドラマを描かれていたのが、嬉しかったです。

大澤博隆

ロマンティックな展開で、美しいストーリーテリングと思います。アイデアとしてはシンプルで、また行動理由などは、展開のためやや不自然な設定となっているように感じた点はありますが、まとまりは美しいです。

北村みなみ

世界の終わりと個人の恋物語が同列に語られていく様は、とてもリリカルで瑞々しくはありました。ただ、その分ラストに至るまでの主人公たちの行動は、二人以外の人類の存在を徹底排除しており、個人的には違和感を拭いきれませんでした。

尾形哲也

宇宙を題材にしつつも、物語は二人の境遇と運命に焦点を当て、心に残る深いドラマが描かれていました。彼らが最後に時を超えてタキオンに近づいたのか、その結末には大きな余韻があり、読後感がとても印象的でした。

土井隆雄

SF的恋愛小説である。しかも恋人は地球を救う手段を見つけたのだ。地球に衝突する彗星にミサイルを打ち込む主人公。その反動で光速で地球から遠ざかる。でも恋人は自分を見つけてくれると確信していた。とてもかっこ良い物語ができた。

矢野寿彦

プロットがしっかりしており、ストーリー展開もうまい。一気に読ませる筆の運びです。紙幅の制約があるのでしょうが、「宮内」と「亜希穂」の空白期間における「宮内」の姿が描けていたら、もっと深い物語になったでしょう。

作品は、honto で無料配布しています。

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ジュニア部門 グランプリ(星新一賞)

「将来ドック」

小林宗太

2010年熊本県生まれ東京都在住
町田市立町田第三中学校2年
硬式テニス部所属 趣味は音楽鑑賞 文房具収集

< 作者コメント >

このような素晴らしい賞を頂きとても驚いています。この作品は体の異常を検査する「人間ドック」をもとに体だけでなく不安になりがちな将来についても検査できればという未来の医学への想像と昔からある「病は気から」という慣用句を合わせてみました。僕の作品を選んで頂き本当にありがとうございます。

審査員コメント

菅浩江

星さんが書きそうな、ひねりの利いたお話でした。スキャンで見つかった「残念」の正体は「迷い」。現代の実生活でも思い当たる人が多く、読者の共感も呼び込めそうです。取りだした後の右往左往を拾ったことや、落としかたもとてもよかったです。

大澤博隆

あっさりしつつも引き込まれ、落語のような味わいです。また、技術の使われ方について示唆的がある作品だとも感じました。心理的なものを「障害」とみなす(みなしてしまう)社会は訪れるかもしれません。怖い。

北村みなみ

ストーリーはオーソドックスながら、良い意味で力の抜けた文体や唯一無二のユーモアで、読んでいて愉快な気持ちになる素晴らしい作品でした。欠点を「残念」の一言で表現するセンスも秀逸でした。今後もどんどん自分の書きたいものを書き続けてほしいと思います。

尾形哲也

心理的な迷いや「残念」といった感情が外科手術で治療できるという不思議な世界が描かれており、興味深く感じました。メンタルの多くの問題がモデリングによって理解され、より効果的に治療される未来は現実味があります。

土井隆雄

医学の未来を描いた意欲的な作品である。将来は「残念」という気持ちさえも治療してしまう。そのアイデアはとても新しい。しかし、人間には「残念」という気持ちも必要であるという作者の思いに共感を覚える。

矢野寿彦

現代医学では治すことが難しい病気の場合に、症状のない早期に発見することが果たして本当にいいかという議論があります。病気を治すということにまい進してきた医師、医療の問題点や冷たさが巧みに描かれた作品ともいえます。

作品は、honto で無料配布しています。

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ジュニア部門 準グランプリ

「宇宙の遊園地」

小林花穂

2015年熊本県生まれ東京都在住 町田市立忠生第三小学校3年生
趣味は工作 読書 ゲーム  特技はチアダンス

< 作者コメント >

星新一さんの賞を受賞できるなんて本当にうれしい気持ちでいっぱいです。ありがとうございます。このお話しは満月の時はうさぎが見えるけど満月以外の時のうさぎ達は何をして過ごしてるのかなと思い、考えて書きました。これからも好きな本をたくさん読んでいろんな事に挑戦していきたいです。

審査員コメント

菅浩江

とても優しく心地よく、素敵でした。お歳が若い書きぶりなのに、デブリの問題を取り上げられたのも感心しました。最初に子ウサギの怪我を心配する気持ちがとてもいい。そしてゴミで作ったのが、遊園地でも一、二を争うロマンチックな乗り物……。私の大好きな作品です。

大澤博隆

審査員全員で、ほのぼのとした気分になれました。これからいろいろ学ぶことがあると思いますが、この物語を書いたときの気持ちを、これからも忘れないでほしいな、と願います。

北村みなみ

「子うさぎが月から落ちてきた」という表現が、月と地球、おとぎ話とSFの距離を一瞬で縮めてくれました。「地球だけではなく、宇宙も美しく」という普遍的メッセージもまっすぐでとても良いと思います。

尾形哲也

月にいるうさぎから始まり、地球を回る宇宙ゴミという環境問題を遊園地という形でまとめていく発想が非常にユニークで素晴らしいと思いました。可愛らしい作品でありながら、環境への意識も感じさせる深いテーマが込められていて、心温まる一作でした。

土井隆雄

月の新しいおとぎ話ができた。とても楽しく読むことができた。しかも作者は地球の周りのゴミ問題まで取り上げている。地球の周りを回っている人工衛星の残骸は、地球環境にも大きな影響を与えることが予想されている。

矢野寿彦

とてもメルヘンチックな作品です。月にいるうさぎが近ごろ地球に落ちてくる。なかなか大人だと思いつかないジュニアならではの発想ですね。それをデブリ(宇宙ごみ)に結びつけるのだから、あっぱれです。最近、夜、月を見る目が変わりました。

作品は、honto で無料配布しています。

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ジュニア部門 優秀賞

「「正」を求めて」

宮内隆太

広島学院中学校3年
バスケットボール部・ディベート部所属

< 作者コメント >

受賞に対して、喜びに満ち溢れています。今回の作品は、選挙を軸に、もっとも自由で果てしない「思考」について書きました。私たちは常に自らの意思に従って、どう生きるか決めています。その当たり前の過程が100年後どうなっているのか、想像してみました。
星新一賞を通して、物語を作ることの面白さを再認識させていただきました。審査員の皆さま、企画運営してくださった方々に心より感謝申し上げます。

審査員コメント

菅浩江

ちまちました作業は私も好きです。きらりと光る描写がたくさんありました。「夕日は、月に光をゆずるように」、「ただ投票に行く、紙に名前を書く。~なくなってしまった」などです。獲得数を数える「正」には、おそらく「正義」がなぞらえられているでしょう。

大澤博隆

わたしたちの社会を支える民主主義の勘所であり、現在ホットなテーマである「選挙」に果敢に挑戦した努力作で、その挑戦心と情熱を褒め称えたいです。投票の設計の難しさは、わたしたちがわたしたちの代表を選ぶ、という仕組み自体に手を加えてしまいかねないところにあります。ぜひ、いろいろ調べて、物語を書き続けてください。

北村みなみ

ただ「正」が好き、というオリジナリティ溢れるテーマがとても良かったです。一方で「共感」とは一体なんなのかを考えさせる深い話でもあります。空行の使い方でもっと読みやすく、伝わる文章になったはずなので、そこが本当にもったいなく、ぜひ次の作品では意識してみてほしいです。

尾形哲也

タイトルに込められた「正」の字が、票数をカウントする意味や正義の意味など、さまざまな解釈を生む点が興味深いです。人間の思考がハッキングされる中で、最終的に紙の投票が最適だという逆説的な発想がとてもユニークで、現代社会に対する鋭い視点を感じさせる面白い作品でした。

土井隆雄

学生の時に「正」を使って、何回も投票結果を黒板に書いた。それは私を含めて誰でも経験したことである。それがSFとして成立することに驚いた。同時に物語は、ブロックチェーンに代表されるデジタル社会への警鐘でもある。

矢野寿彦

今を舞台とすることが多い政治や選挙を、SFの題材にした点がとてもユニークで挑戦的だと思います。冒頭の「益田拓真 正正正正…………」という入り方も絵的で良かったです。途中、時制や登場人物がややこしくなる場面があり、整理すれば読みやすくなるでしょう。

作品は、honto で無料配布しています。

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ジュニア部門 優秀賞

「色彩」

田中杏

お茶の水女子大学附属中学校3年生。アニメとバドミントンにはまっている。

< 作者コメント >

この度は大変素晴らしい賞をいただき、ありがとうございます。星新一先生の作品を何度も読み返し、このようなショートショートを書きたいとずっと思っていたので、今回の受賞は本当に光栄です。
この作品は、100年後人類は今ある問題を解決できているのか、それとも解決できずに落ちぶれてしまうのか、悩みながらも沢山想像して書きました。情景の表現に特にこだわったので、注意して読んでいただけたら嬉しいです。

審査員コメント

菅浩江

細かいところに科学用語や科学知識がもりこんであり、星新一賞にふさわしい投稿だったと思います。温暖化が進んで破壊された地上を、押し込められた地下からバーチャルリアリティの力を借りて夢見る冒頭は、とても魅力的でした。

大澤博隆

ドラマのための設定、という不自然さをやや感じましたが、「前を向く」ことがストーリーに絡んでいる点は、技巧的で上手い、と思いました。シンプルなアイデアを保ちつつ、登場人物の感情が伝わってくる語りで、読みやすかったです。

北村みなみ

短い物語の中で、様々な立場からの考えの違いや、登場人物の気持ちの移り変わりを丁寧に描けていて素晴らしいと思います。ただ、「現代なら色彩は映像アーカイブである程度確認できるのでは」という根本がどうしても気になってしまうので、そこをクリアできれば、より説得力のある物語になったと思います。

尾形哲也

非常にリアリティのある作品で、ストーリーも十分に楽しめました。太陽光の下で地上の自然にある「色」ではなく、本物の「色彩」を見られなくなる未来が訪れるのかもと、作品が投げかける問いに心を動かされました。

土井隆雄

自然はもうCGでしか存在しない未来地下世界。その中に住む私は、地上で仕事ができる数すくない人間のひとり。発電機の世話をする人間だが、やがて小さな植物を発見する。人間と自然を考えさせる秀作である。

矢野寿彦

物語りの舞台を、光のとどかない地下の世界に設定したのは大ヒットです。しかもテーマはSFなしからぬ「働くとはなにか」。着想が素晴らしいと思います。俺とCG男の会話を中心に展開しており、俺の心境の変化をもう少し丁寧に描いた方がよかったでしょう。

作品は、honto で無料配布しています。

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ジュニア部門 優秀賞

「つくしんぼ」

豊川良太

都内在住。中学生。趣味は絵を描くこと。

< 作者コメント >

この度は僕の作品を選んでくださり誠にありがとうございます。僕は、小説を書くことは好きですが、得意というわけではないので、とても喜ばしく思います。この小説を書くなかで一番大変だったことは校正でした。校正をするには当然文を読み返す必要があるのですが、僕にとって自分が書いた文を読み返すのは拷問に等しく、読めば読むほど羞恥心が生まれて行きました。しかし、それを乗り越え受賞できたので、とても光栄に思います。

審査員コメント

菅浩江

ほんとうにジュニアなの? と思う言葉遣いで扱うのが「つくしんぼ」というかわいい単語。このギャップがいいです。テレビやネットのコマーシャルを反映していて、臨場感がありました。母体に向けて傾く、根から取らないといけない、など、科学オタクの思考力がくすぐられ、これも大好きな作品でした。

大澤博隆

「つくし」の性質というワンアイデアで割り切って突っ切る潔さと、徐々にスケールが大きくなり、侵食されていくパニックホラー的な良さがありました。描写の節々にアイデアがあり、映像化したら面白そうだと感じます。

北村みなみ

TVCMや登場人物の会話で、「つくしんぼ」の存在にリアリティを持たせているのがとても良かったです。終盤の展開が少し駆け足に感じましたが、短い文章で読み手をゾッとさせるオチにはグッときました。

尾形哲也

人間にとって良いと思われていた植物(?)が、次第にその姿を現し広がっていく様子が描かれており、非常に印象的でした。このような危険性は自然物だけでなく、我々が作る人工物にも起こりうる可能性があり、その点に関して考えさせられました。

土井隆雄

「つくしんぼ」という植物が荒廃した世界を救うと思われた時、それは実は人類を滅ぼす植物だった。植物の未来を描くSFは珍しいが、それを作者はうまく物語にした。作者の考える世界はどこに向かうのだろうか。

矢野寿彦

題名からは想像のつかないSFホラー小説ですね。ディストピア観が最高です。ただ、少々、科学技術的な要素を強引に盛り込みすぎてしまった印象があります。5000字に収まり切れておらず、もう少し長い物語にするとよいかもしれません。

作品は、honto で無料配布しています。

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第12回 日経「星新一賞」総評

星新一賞も12回を迎えることができた。応募してくださった皆さん、そしてサポートしてくだ さった企業の皆さんに、心から感謝したい。
今回の審査も、例年同様ジュニア部門から始めた。
今回から、審査の方法が変わった。昨年までは、タブレットを使って投票をお願いしていたのだが、今回から、種々の理由によりタブレットの使用ができなくなったので、投票用紙を使用するアナログの方法に変更された。投票方式の変更は事務方にとっては、大きな問題だったが、結果 としてはトラブルもなく、順調に審査を行うことができた。
ジュニア部門の傾向だが、高齢化というような社会的な問題に対する思考が目立ったように思う。またAIを全面的に肯定するのではなく、その問題点や、それが社会的にどのように受け入れられるか、それを考えた作品もあった。ジュニア部門の応募者たちが大人以上に現状を冷静に見ているという印象があった。そして例年以上にバラエティに富んだ作品が残った。SF的な作品から、幻想的な作品、風刺的な作品、 童話のような作品、こうした作品に対する評価基準をどこに置くべきか、難しい問題だが、審査員からも同様な感想が出た。
ジュニア部門は、できるだけポジティブな評価をしていただくようにお願いをした。それは作品 の評価だけではなく、ジュニア部門に応募してくれた皆さんの熱意と努力を応援したいと思ったからだ。それでも、どうしても見過ごすことができない文章の不備や、構成上の問題で低い評価をされた作品があった。それらを書き直してもらうことはできないのかという意見が何度か出た。入賞作品の発表に際し、明らかな誤字脱字以外は書き直しは認めないというルールなので、入賞を逸したり、順位を下げた作品があったのは残念なことだと思う。応募前にどのようにチェックするか、その方法を考えてもらいたい。グランプリ、そして入賞線上の作品についての議論は、白熱し、何度も再投票するという場面もあった。そうした議論を経て、最終的には納得性の高い結果になったように思う。
一般部門に関しては、かなり難航するのではないかという予想をしていたのだが、極めて順調に進行した。事前投票で極めて高い評価を得ていた作品が幾つかあり、それらの作品を中心に論議が進んで行ったことが、その理由の一つだった。 過去の審査会では、事前では下位にあった作品が、審査の過程で評価を上げ、上位に入っていくことがあった。それがより多くの議論を呼ぶことになるのだが、今回はそれがなかった。年々応募作のレベルが上がってきている。それは素晴らしいことなのだが、同時に、作品ごとの評価に差がつきにくくなるということも起きる。だから、今回のようなケースは珍しいと言っていいだろう。もちろんグランプリについてはかなり踏み込んだ議論がなされ、投票が繰り返されることもあったが、全体としては、極めて順調であったように思う。
一般部門では、小説としての完成度に厳しい意見が幾つか出た。星新一賞は、どちらかといえばアイディアや発想に重点を置く傾向が強い。けれども、この賞からプロとしてデビューする作家が何人も出ている。小説としての完成度が問題にされるのは当然のことかもしれない。また、幻想小説的な作品もいくつかあり、それらがSFかどうかという議論もあった。 当然のことだが、SFかどうかということは作品の評価に直結することではない。応募を考えている方は、自由な気持ちで、作品に取り組んでいただきたい。
昨年もAIによる作品についての議論があったが、今年は、昨年以上に生成AIによる作品が増えた。生成AIについては、コピーライトを含めた様々な問題は整理されていないが、この賞は、基本的にAIの応募に関してはポジティブなスタンスをとっている。ただ、生成AIを使用した場合はそれを明記することにしている。その中で、審査終了後に、ジュニア部門で最終審査に残った作品でAIを使用したケースがあったことが報告された。本編ではなくあらすじを書くのに使用したということで、議論の俎上には乗らなかったが、ちょっとした驚きがあった。 考えるまでもなく、ジュニアに該当するジェネレーションにおけるAIに対する受容度は、一般よりも高いことは明らかだ。応募作の中でAIを扱った作品が目立ったが、その多くは、AIを異物として捉えるのではなく、身近なものと考えているように思えた。ジュニア部門における生成AIの使用の増加は十分に予想できるが、ジュニア部門は応募者の成長を目的の一つとしているので、それに反するような状況にならないように注視していきたい。
最後になったが、過去11回で日本経済新聞社の代表として審査に当たってくださった滝順一さんが退職なさった。心から感謝したい。

日経「星新一賞」最終審査会 司会進行 鏡 明

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