一般部門 グランプリ(星新一賞)

「SING×レインボー」
梅津 高重
自他共に認めるパソコン博士。中高一貫の六甲中学校に入学する前後からプログラミングにのめり込み、同高等学校3年生の夏休みには、東京工業大学が主催し名前を変えて今も続くプログラミングコンテストであるスーパーコンピュータコンテストの記念すべき第1回に友人と2人で参加し、優勝を果たす。卒業後、大阪大学基礎工学部情報科学科に進学し、在学中、株式会社エコールソフトウェアでプログラミングのアルバイトに精を出し、数本のゲーム開発に携わる。同大学の助手、助教を経て、滋賀大学に准教授として異動。2017年の滋賀大学データサイエンス学部の設立とともに同学部の准教授に着任。現在に至る。
< 作者コメント >
中学の頃に、国語の先生が教材として使われたことで星新一作品に触れ、ご多分に漏れずその魅力の虜になりました。高校の頃には、国語の先生が論述の小テストで毎週100点を下さるもんですから、自分にはそれなりに非凡な文章を書く能力があるとの自惚れを抱くに至りました。この度、このような賞を頂いたことで恩師のご慧眼を証明できたことを心より嬉しく思います。本当にありがとうございます。
一般部門 優秀賞(JBCCホールディングス賞)

「コンティニュアス・インテグレーション」
安野 貴博
機械学習を専門とする東京大学工学部松尾研究室を卒業。ボストンコンサルティンググループにてデジタル関連の戦略策定プロジェクトにコンサルタントとして携わったのち、株式会社BEDOREを立ち上げ。「言葉がわかるソフトウェアを形にする」をミッションに対話エンジンの開発に取り組む。2016年未踏IPAスーパークリエイターに認定。ペッパーと人間の混成漫才コンビを組みロボットとして史上初めて人間の漫才大会(M-1グランプリ)に出場
< 作者コメント >
このたびは賞をいただき大変嬉しく思います。私は普段はAI系のスタートアップ経営をしております。科学小説を形にする作業とスタートアップの事業作りは全然違うように見えますが、今回執筆する中で実はとてもよく似ているのではないかと感じました。どちらも「技術」と「物語」の2つの要素が必須で、双方のバランスを適切に保つ均衡点を探索するプロセスだと思います。引き続き技術と物語を形にしていきたいと思います。
審査員コメント
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藤井太洋(SF作家)
トイレにこもる主人公の描写から2038年の冬季オリンピックへ、そして「リアリティ・デイ」という謎かけで締めくくるオープニングは完璧。その後に語られる試合のディテールと、適切なバランスで散りばめられた技術的な背景と、苦い、それでいて強い結末に心を打たれた。
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中野信子(脳科学者)
すばらしい作品です。とてもリアリティがあり、近い未来にこの物語で提起されているような問題が、生じてくる可能性があるでしょう。新しい問題が生じたとき、しばしば人はSFに参考意見を求めることがありますが、この作品はそうした一作になるかもしれません。
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森内俊之(将棋棋士)
オリンピックという旬のテーマ、設定が面白く引き込まれる。高い文章技術と緻密な内容で感情移入させられてしまった。グランプリを受賞していてもおかしくなかった作品と思う。
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大栗博司(カリフォルニア工科大学 フレッド・カブリ冠教授、ウォルター・バーク理論物理学研究所所長/東京大学 カブリ数物連携宇宙研究機構 機構長)
文学作品としてはグランプリのレベルである。ストーリーは厚く深く、また表現は巧みである。主人公の境遇の光と影が深く掘り下げられた素晴らしい作品だ。
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辻井潤一(国立研究開発法人産業技術総合研究所 フェロー 人工知能研究センター 研究センター長)
個人的には、この作品を一番評価した。ソフトウェア開発手法のCIを仮想世界でのスポーツ選手の育成に使う発想は新鮮。また、通常の社会や時間から切り離されて訓練されるスポーツ選手の悲哀を描き、完成度が高い作品
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滝 順一(日本経済新聞社 編集委員)
「アスリートとしての純粋な上達の欲求と科学技術の共犯関係」。この一言がすべてを言い尽くしている。私たちの欲求が進歩を続けるテクノロジーに駆動され続けた先の社会のありようを描いた問題作。
一般部門 優秀賞(東京エレクトロン賞)

「KANIKAMA」
竹内 正人
日本大学大学院修了。湘南工科大学工学部非常勤講師。専門は映像技術。第9回新潟日報文学賞、第34回北日本文学賞宮本輝選奨、第27回ゆきのまち幻想文学賞準長編賞 他受賞。
< 作者コメント >
江戸っ子の人情と「科学」が巧く結びつくかどうか私にとっては実験的な作品だったのですが、この実験、少なくとも大きな失敗はしていなかったようでとても安心しました。この度は過分な評価を頂き感謝に堪えません。幼い頃、夢中でみた『宇宙船シリカ』が私の「未来」や「科学」への憧れの原点でした。主題歌のメロディーもしっかり憶えています。この番組の原案が星新一先生だったことをつい最近知りました。不思議な縁を感じています。
審査員コメント
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藤井太洋(SF作家)
外国人が握る寿司というネタと江戸言葉の掛け合いに引き込まれる。タイトルと料理評論家の用いている装置を絡めたオチもいいし、さらりと紹介される時代背景も堅牢だ。用語の扱い方も、舞台となるボストンの寿司屋の情景もいい。だが、現段階の作者の技量で、二人の物語を詰め込むのには無理があったかもしれない。発明者側のボブのパートは単調な説明が続いてしまったのがもったいない。
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中野信子(脳科学者)
小気味よく読ませる文章です。発想も面白く、よくできている作品と思いました。
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森内俊之(将棋棋士)
物語の展開が早く、テンポよく読める。長編にできそうなボリュームある、面白い内容。言葉の選び方に著者の個性を感じる。
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大栗博司(カリフォルニア工科大学 フレッド・カブリ冠教授、ウォルター・バーク理論物理学研究所所長/東京大学 カブリ数物連携宇宙研究機構 機構長)
文章力があり、理系の話題も効果的に使われている。
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辻井潤一(国立研究開発法人産業技術総合研究所 フェロー 人工知能研究センター 研究センター長)
江戸前のきっぷの良さ、人情噺的な流れが、人工食材というSF的な要素と組み合わされてテンポよく話が進む。語り口のうまさ、人工肉など現在の研究開発と「かにかま」とを結びつけた技に感心。
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滝 順一(日本経済新聞社 編集委員)
寿司職人と料理評論家のガチンコ勝負をストーリーの柱にして、両者の背景を書き込み、読ませる力量はすばらしい。評者は寿司文化のグローバル化が真のテーマだと読んだのだが、はたして正しいだろうか。
一般部門 優秀賞(アマダホールディングス賞)

「Meteobacteria」
揚羽 はな
筑波大学医療技術短期大学部・放送大学卒。臨床検査技師として10年間病理検査に従事。その後、医療機器メーカーを経て、現在、国内大手CRO(医薬品開発業務受託機関)に医療機器・体外診断用医薬品の薬事コンサルタントとして勤務。
< 作者コメント >
「Meteobacteria」は、脂肪を食べる細菌です。“必要は発明の母”といいますが、まさしく、私にとっての“あったらいいな”でした。この作品が受賞に値したのは、共感してくださった方が数多くいたからだと理解しております。近い将来、科学の力で「脂肪を食べる細菌?」が実現しますように! 研究者の皆様、よろしくお願いいたします。この度は、素晴らしい賞をいただきまして、本当にありがとうございました。
審査員コメント
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藤井太洋(SF作家)
痩せる病気が宇宙から降ってきた、というパニック小説。読みやすく、クライマックスの映像的な盛り上がりも素晴らしい。成虫になって飛んでいくラストシーンが予感させられないことが残念。
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中野信子(脳科学者)
視覚的な要素が不気味ながら美しく、印象に残る作品です。映像化してみたいものです。
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森内俊之(将棋棋士)
感染すると体脂肪率が低くなる細菌が地球に到来。そんな夢のようなストーリーがきめ細やかな描写で論理的にまとめられている。
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大栗博司(カリフォルニア工科大学 フレッド・カブリ冠教授、ウォルター・バーク理論物理学研究所所長/東京大学 カブリ数物連携宇宙研究機構 機構長)
脂肪を食べる虫の不気味さが効果的に使われている。
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辻井潤一(国立研究開発法人産業技術総合研究所 フェロー 人工知能研究センター 研究センター長)
細胞内の脂肪を食べる細菌、それがさなぎになり体内を動き回るという気味の悪さはあるが、それが異星人からのプローブであったという結末はよい。また、肥満に対する女性心理も。
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滝 順一(日本経済新聞社 編集委員)
感染症をテーマにしたパニック小説である。怖いのはバクテリアではなく人間の無節操さ。そう思って読み終わる直前に、作者が新たな疑念を呼び覚ます。におわせるだけでなく、ちゃんと書いてくれと作者にお願い。
一般部門 優秀賞(日本精工賞)

「アルティメットパッション」
神谷 敦史
大学にて分子生物学を専攻。農学博士。医学系出版社での勤務を経て、現在はフリー。
< 作者コメント >
星新一賞の募集を見て、子供時代に新聞で読んだ未来予想特集を思い出しました。胸が震えるほどに魅力的だった未来予想図は、残念ながらほとんど実現していないようです。しかし、実現不可能だと思われるくらいの突飛な発想がないと、科学の大きな進歩はあり得ないのかもしれません。そんなことを考えながら楽しく未来を想像し、小説の構想を組み立てました。貴重な機会を与えてくださった関係者の方々に厚く御礼申し上げます。
審査員コメント
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藤井太洋(SF作家)
楽しく読みました。発明者を主人公に据えるてしまう作品では描かれにくい、発明の利用シーンと翻弄される利用者が生々しく描かれているあたりは引き込まれる。語り口も好ましいし、トラブルを起こした主人公のドラマに一定の結末をつけているあたりもいい。だが、AIが人間を偽って参加してきた理由を情熱に頼るのは不満だ。
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中野信子(脳科学者)
オチのつけ方は議論の残るところかもしれないのですが全体としてわかりやすい話にまとまっており、よみやすい良作と思います。
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森内俊之(将棋棋士)
結婚相手紹介サービスは社会に浸透しているが、まさか登録者から希望条件を聞かないとは驚きだ。AI社会ならではの発想と、ストーリー展開に魅力を感じる作品。
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大栗博司(カリフォルニア工科大学 フレッド・カブリ冠教授、ウォルター・バーク理論物理学研究所所長/東京大学 カブリ数物連携宇宙研究機構 機構長)
AIの社会への影響がリアリティを持って描かれている。最後のオチは納得しずらい。
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辻井潤一(国立研究開発法人産業技術総合研究所 フェロー 人工知能研究センター 研究センター長)
社長、社員の人物の描き方は非常にうまい。また、現在の人工知能によるビッグデータ解析への理解も正確。人工知能が男女のマッチングに参入してくるという発想は、動機不明という欠陥はあるが、楽しい。
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滝 順一(日本経済新聞社 編集委員)
「究極の情熱」というタイトルは読み終えて皮肉が効いている。男女はなぜ相思相愛になるのか、データでもっともらしい理屈は付いても最後は「恋は盲目」なのだろう。はしゃぎまわる社長とあきらめ顔の主人公(佐伯)の対比も笑いを呼ぶ。
一般部門 優秀賞(旭化成ホームズ賞)
「不安」
マウチ
ノックの音がした。悪魔が中に入れてくれと叫んでいる。これまで何度も断ってきたが、諦めずにやってくる。悪魔業界も営業に必死のようだ。しばらく考えた末、ついに招き入れることにした。死後の魂と引き換えに3つの願いを叶えてくれるらしい。まずは、1つ目の願いとして、発想力を手に入れてみた。そして、小説を書き、星新一賞に応募した。なるほど、これは使えそうだ。この力をうまく活かせば、もっと面白い作品も書けるだろう。さて、あと2つの願いはと・・・
< 作者コメント >
子どもの頃、星先生の作品を読み、自分でもオリジナルストーリーを思い描いていました。そのようなことも忘れて社会人生活を過ごしていましたが、この賞を知ったことで創作意欲が湧き、なんとか初めてのショートショート(と呼べるかわかりませんが…)を完成させました。粗削りな部分が多いですが、栄誉ある賞をいただき光栄です。また、新たな作品にもチャレンジしていきたいと考えています。この度はありがとうございました。
審査員コメント
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藤井太洋(SF作家)
星新一の新作を読んでいるのか、と思ってしまうほどの正統派SFショートショート作品だった。「マイホス」というネーミングがまた秀逸だ。作者はこの固有名詞だけで、肩の力が抜けた架空の未来世界を作り上げている。ショートショートとは思えない複雑なプロットもいい。なにより日本のフィクションでは珍しく、主人公の社長がきちんとした大人なのがいい。
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中野信子(脳科学者)
強迫的な不安がよく描けていてリアルでした。最後のシーンに工夫があるとより輝くのではないでしょうか。
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森内俊之(将棋棋士)
冒頭から緊迫感が全開で、スリルを感じるストーリー。現代人のどこまでいっても逃れようのない不安感が作品全体に上手く表現されている。
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大栗博司(カリフォルニア工科大学 フレッド・カブリ冠教授、ウォルター・バーク理論物理学研究所所長/東京大学 カブリ数物連携宇宙研究機構 機構長)
発明が意図したものと違う影響を社会に与えていく様子が淡々と描かれ、星新一の作品を思わせる。
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辻井潤一(国立研究開発法人産業技術総合研究所 フェロー 人工知能研究センター 研究センター長)
ウェアラブルなセンサーにより自分の体の計測値に過度に反応するという、現在の健康志向を皮肉って面白い。また、センサーに対する不安がシステムが大きくなるほど肥大化していく様子も秀逸
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滝 順一(日本経済新聞社 編集委員)
たんたんとした描写、たんたんとした社長さんの挙動。そこに潜む不安。星新一的なブラックユーモアの世界を見事に描いた。
一般部門 優秀賞(スリーボンド賞)

「ピピの物語」
代 哲安
早稲田大学政治経済学部卒業後、外資系IT企業にSEとして勤務し、主に金融機関のシステム構築及び保守を行ってきました。息子が購読している日経サイエンスにて、学生時代に愛読した星新一先生の名を冠した文学賞があることを知り、小説を書き始めました。今回が2回目の応募となります。
< 作者コメント >
このような名誉ある賞をいただき、大変光栄に思っております。審査員の皆様、事務局の皆様に感謝いたします。我が家のツバメの巣作りは今年で10年目、区切りの年にツバメをモチーフにし、人間とAIと野生動物(自然)が力を合わせて未来を切り開く姿を表現したいと思い書いたものです。ツバメのキャラのおかげで拙い文章ながら楽しい話になったかと思います。戻ってきたら“お前、有名になったぞ”と声をかけてあげます。
審査員コメント
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藤井太洋(SF作家)
怪我をしたツバメのピピとの交流は読ませてくれるし、ピピを仮想空間に入れて狩をさせる不穏な「発明」もなかなか面白い。だが、ピピとの交流の前提として語られるAI複合体の働きに関する設定パートが物語の中で活きていないので、ピピが対峙する人工知能の存在が唐突に感じられてしまうことが残念。
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中野信子(脳科学者)
とてもリリカルで可愛らしく好感のもてる小品です。人間と鳥のコミュニケーションという題材もよいと思います。
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森内俊之(将棋棋士)
主人公とつばめとのAIを通じてのコミュニケーションの物語。会話の引用が多用されているのが特徴的。創造性があり、アイディアがとても面白いと思う。
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大栗博司(カリフォルニア工科大学 フレッド・カブリ冠教授、ウォルター・バーク理論物理学研究所所長/東京大学 カブリ数物連携宇宙研究機構 機構長)
前半のツバメと会話ができるようになったらどうなるかという部分はおもしろい。後半で主人公が対決するAIがどのようなものであるかを書き込んでほしかった。
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辻井潤一(国立研究開発法人産業技術総合研究所 フェロー 人工知能研究センター 研究センター長)
前半の鳥との会話は、リリカルで楽しい。後半の人工知能のコアの存在は、どこかで読んだような話で、一昔前の人工知能への誤解の典型ですこし失望。
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滝 順一(日本経済新聞社 編集委員)
SF仕立てのファンタジーとラブストーリーの組み合わせ。さらにかわいい動物が出てくれば、無敵のストーリーといえる。残念なのは後半に描かれる巨大AIとの戦いにいまひとつ必然性が感じられないことだ。
ジュニア部門 グランプリ(星新一賞)

「クローン」
岩井 太佑
世田谷生まれの世田谷育ち。世田谷学園中学校に在学中。趣味はゲーム、アニメ・映画鑑賞、読書。好きな作家は、星新一、川原礫。
< 作者コメント >
実は星新一賞への応募は中学校の夏休みの課題の一つでした。何を書こうかとても悩み、夏休みも終わる頃、家族で食事中に盛り上がった話にヒントを得て書いたのですが、このようなことになってびっくりしています。審査員の皆様、ありがとうございました。また、この機会をくださった、担任の先生をはじめ、世田谷学園の先生方に心より感謝します。
審査員コメント
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藤井太洋(SF作家)
古典的なスラップスティックを、新鮮な筆致でまとめた傑作。仏舎利から作ったクローンの顔立ちが一致しないというくだりには声をあげて笑ってしまった。大人ももっとこんな作品を書いたほうがいい。
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中野信子(脳科学者)
タイトな文体で小気味良く読ませる力があります。短い物語の中にきちんとオチをつけていて、読後感も「考えさせられる」ものに仕上がっているのではないでしょうか。
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森内俊之(将棋棋士)
高いところからの俯瞰的な視点で書かれ、短い文章で上手くまとめられている。構成力、言葉の選び方も素晴らしく、高い支持率を得てのグランプリ受賞となった。
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大栗博司(カリフォルニア工科大学 フレッド・カブリ冠教授、ウォルター・バーク理論物理学研究所所長/東京大学 カブリ数物連携宇宙研究機構 機構長)
宗教という話題を正面から取り上げ、短いのにインパクトのある作品を書く筆力が素晴らしい。各地の舎利殿の骨から作った釈迦のクローンが違った顔立ちになったという騒ぎも、スプラスティックで面白い。
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辻井潤一(国立研究開発法人産業技術総合研究所 フェロー 人工知能研究センター 研究センター長)
スラップスティックで破天荒な物語。発想の面白さと同時に、クローンを比ゆ的に使って、宗祖の遺骨や遺髪をあがめる宗教の一面を揶揄するなど、知的な遊びが面白い。
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滝 順一(日本経済新聞社 編集委員)
クローンは完全なコピーではない。キリストやお釈迦様のクローンをつくっても本物とは違う。それでも偶像をつくった崇める人々とそれを天国から見下ろして眺める本物たち。作者は人間の愚かさを笑い飛ばす。痛快ではないか。
ジュニア部門 準グランプリ

「ゆりちゃんの友達」
岡本 優美
2005年神戸市生まれ 神戸大学附属中等教育学校在学中
< 作者コメント >
物語を書くのは初めてですが、書き進めていく内に登場人物達が自然と動いていくようで不思議でした。だからとても楽しく書くことができました。私は星新一さんの「ショートショート」が大好きです。最後にあっというような結末がきて、いつもうきうきしながら読んでいます。これからみんなの心に残る作品が書けたらいいなと思います。
審査員コメント
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藤井太洋(SF作家)
わずかながらストーリーテリングがぎこちないせいで誤解も招くだろうが、本作の、コミュニケーションのありかたについての問いかけは現代的だ。人間の友達が作れない少女の描き方もまた素晴らしい。
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中野信子(脳科学者)
やわらかな語り口ながらブラックな風刺を感じる力作です。ジュニア部門の方でこれを冷静に書く視点を持っているというのはこれから先の伸びしろが期待できると思います。
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森内俊之(将棋棋士)
人形と友達になれる香水にまつわるジュニア部門らしいテーマだが、成熟味を感じさせる深い視点で書かれており、才能、可能性を感じさせられる。
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大栗博司(カリフォルニア工科大学 フレッド・カブリ冠教授、ウォルター・バーク理論物理学研究所所長/東京大学 カブリ数物連携宇宙研究機構 機構長)
お父さんが作った香水は、人形に効いているのか。本当は、ゆりちゃんに効いているのではないか。お父さんの心の闇も見え隠れする、恐ろしい話。SNSに溺れる現代社会への批評とも読める。時々現れるお母さんが著者の良心を表しているようで、救いになっている。
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辻井潤一(国立研究開発法人産業技術総合研究所 フェロー 人工知能研究センター 研究センター長)
静謐な流れの物語だが、背後にある現代社会の病理、ゆりちゃんのもつ対人恐怖的な不気味さに気が付き、どっきりとさせられる話。ゆりちゃんの理解者なのか、ゆりちゃんへの関心が欠如しているのか、曖昧な父親の存在も不気味。
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滝 順一(日本経済新聞社 編集委員)
内気で引きこもりがちな少女と理解のあるやさしいお父さんのエピソードと思って読むと大間違い。「こんな世の中で本当にいいのかしら」とつぶやくお母さんの視点こそ大事なのだ。突き放した終わり方といい作者の筆力を感じる。
ジュニア部門 優秀賞

「素晴らしきAI社会」
岡田 萌花
生まれ、育ちともに愛媛県。小学校4年生の時に星新一氏のショートショートに出会い、2か所の図書館で読み漁る。「小説を書きたい」と思い始めたのも同時期。自身の小説を応募・発表するのは今回が初めてのこと。
< 作者コメント >
今回はこのようなすばらしい賞を頂くことができ、光栄に存じます。拙作の内容は暗いものであったと思いますが、決して私がこんな未来を望んでいるわけではありません。むしろ、100年という長い時間があるわけですから、人間の努力とAIの有効的な活用によって、未来は良いものになるはずです。今から100年後の世界が、私の想像を遥かに超えた、素晴らしきAI社会であることを願います。
審査員コメント
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藤井太洋(SF作家)
AIの倫理を突き詰めていった先にディストピアが生まれる、という問題作。その洞察が正しいのだろうと感じさせる筆力と丁寧な推敲のあとを感じる作品だった。この難しいテーマを描き切ったことを讃えたい。
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中野信子(脳科学者)
人間がAIに追いつめられていく物語進行が巧みです。他の題材でもこの方の筆致で書かれたものを読んでみたいと思います。
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森内俊之(将棋棋士)
人間とAIが共存するようになった未来を描いている。論理的に上手くまとめられており、文章力も高い。
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大栗博司(カリフォルニア工科大学 フレッド・カブリ冠教授、ウォルター・バーク理論物理学研究所所長/東京大学 カブリ数物連携宇宙研究機構 機構長)
AIと人間が共生している様子を新鮮に感じた。
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辻井潤一(国立研究開発法人産業技術総合研究所 フェロー 人工知能研究センター 研究センター長)
人間の知性を超えた人工知能が、たとえ、人間に尽くす道徳観を持っていても人間から生きがいを奪っていくという発想は現代的で、人工知能の不気味さをとらえている。最後の結末が作品を平凡なものにしているのが残念。
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滝 順一(日本経済新聞社 編集委員)
AIが人から仕事を奪うのではない。AIに仕事を任せた方が効率的なのだ。AIの心からの善意によって、人間は働く意味、人生の意義を見失う。「素晴らしき」は皮肉だが、さらにその先に作者は恐ろしい結末をしかけた。
ジュニア部門 優秀賞

「決められた未来」
奏太朗
2005年、神奈川県横浜市生まれ。てんびん座、O型。地元の小学校で6年間をわいわいとにぎやかに過ごす。現在は都内の中学でバスケ部に所属。NBAのプレーをYouTubeで見るのが日課で、好きな選手はステフィン・カリー。
< 作者コメント >
嬉しいです。まさか選ばれるとは思っていなかったので。100年後はきっと人間と同じようにクローンが生活している。そんな想像から書きました。クローンは別に怖いものではなく、僕たちと同じように友達と過ごしたり、将来に悩んだりするのではないだろうか・・・。そういう世界が成り立つために、ひとつひとつつじつまを合わせていく作業は楽しかったです。
審査員コメント
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藤井太洋(SF作家)
クローン技術で生まれた主人公が、本来持っているべき能力を発揮できないという、アイデンティティの喪失から立ち直るという骨太なストーリーが見事な作品。クローンが社会に受け入れられている自然な描写に、明るい未来を感じる。最後の一文さえなければグランプリを差し上げたかった。
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中野信子(脳科学者)
よくまとまっており、高く評価しました。エピジェネティクスを勉強されるとよりブラッシュアップされたのではないかと思います。次回作以降も読んでみたい、たのしみな書き手です。
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森内俊之(将棋棋士)
人は決められた人生を生きるのではなく、自分自身で人生を切り開くという前向きなメッセージが感じられる。テンポが良く、面白いストーリーで、更に上位の賞を受賞していてもおかしくなかった。
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大栗博司(カリフォルニア工科大学 フレッド・カブリ冠教授、ウォルター・バーク理論物理学研究所所長/東京大学 カブリ数物連携宇宙研究機構 機構長)
クローン技術で生まれた子供の心の動きが丁寧に描かれている。クローンとして生まれた主人公が自らの人生を切り開いていくというストーリーに好感を持ったが、最後の括弧の部分でそれが否定されてしまったのが傷になっている。
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辻井潤一(国立研究開発法人産業技術総合研究所 フェロー 人工知能研究センター 研究センター長)
クローンという生物的な基盤と社会的な環境からの不確定性とをうまく使って、周囲からの期待と自らの志向性との食い違いに悩む少年の心理が描き、秀逸。ただ、最後の落ちがないほうが良かった。
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滝 順一(日本経済新聞社 編集委員)
クローンであっても人は多様であり親の期待通りにはならない。クローンであるがゆえに周囲から偏見を持たれる主人公。その悩みを温かく受け止める両親。「決められない未来」について心温まる物語を紡ぎ出した。
ジュニア部門 優秀賞
「商店街に挟まった日」
山沢 智知
2018年インターネット上に「滲むネオンと路地裏の猫」という小説サイトを作り、月に数本短編小説を載せている。
< 作者コメント >
きちんとした長めの小説を書くのは初めてに近いので、正直それほどの自信はありませんでした。ただ、良い作品ができたな、と書き終えたときはすごく気持ちがよかったです。僕の考えていることを多く詰め込んだ作品がこのような賞を頂けて、とてもうれしく思います。これからも前を向いてひたすら進み続けていきたいと思います。
審査員コメント
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藤井太洋(SF作家)
候補作の中でもっとも語り口が滑らかな作品だった。会話の掛け合いも、そして動物を改良していく社会という設定もいい。だが、この世界の中で「僕」が何をするのか、それを描いて欲しかった。
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中野信子(脳科学者)
ポール・オースタを思わせる文学性の高さがあり、続きが読みたくなる良作です。独特の世界観に引きこむ力があり、素晴らしい才能と感じました。
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森内俊之(将棋棋士)
読み手を引き込むような場面展開が魅力。文章レベルはとても高いが、最後の終わり方がやや気になる。物語の続編を読みたい気持ちになる。
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大栗博司(カリフォルニア工科大学 フレッド・カブリ冠教授、ウォルター・バーク理論物理学研究所所長/東京大学 カブリ数物連携宇宙研究機構 機構長)
前半はグイグイ引き付けられて期待感が高まったが、話が途中で終わっている感じが残った。この続きが読みたい。文章力は素晴らしい。
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辻井潤一(国立研究開発法人産業技術総合研究所 フェロー 人工知能研究センター 研究センター長)
コミカルなカフカという印象で、文章がうまく状況の面白さで読者を楽しませるが、全体として何が主題なのかが不明。物語が序章の段階で終わってしまった。文章はジュニアとは思えないうまさ。
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滝 順一(日本経済新聞社 編集委員)
何かが始まりそうで始まらないまま終わってしまう。少しレトロな雰囲気が漂う街の描写など不思議に満ちた物語世界を創造した。この続きが読みたくなる。魅力的だが、いわば未完の作品。
学生部門 グランプリ(星新一賞)

「創訳する少女」
藤田 健太郎
神奈川県出身。慶應義塾大学環境情報学部在学中。
< 作者コメント >
創作活動の原点である『星新一賞』を再び受賞することができ、夢のようです。ありがとうございます。ドローンの一つも飛ばさずに終わった学生生活ですが、虚構の世界に言語野を飛ばすことができたので悔いはありません。個人的に、『創訳する少女』はこの二年間の変化がそのまま反映された作品のような気もしています。原点とゴールを結ぶ点と点を、それぞれ楽しんでいただければ幸いです。
審査員コメント
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藤井太洋(SF作家)
クローン人間が私たちと同じ自我を持っているという、ある意味当たり前な状況をしっかりと描いているところにとても好感が持てる。外国人の「オリジナル」と出会う緊張感が物語冒頭から読者を引き込んでくれる。言葉にする意味、多様なこと、そしてアイデンティティについて描かれた完全な作品だ。
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中野信子(脳科学者)
クローンとオリジナルの差異の描写も緻密でよく練られた作品であると思います。
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森内俊之(将棋棋士)
オリジナルと主人公であるクローンの対面、そんな重いテーマをウィットに富んだ魅力あるストーリーに仕上げている。非常にレベルの高い作品と思う。
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大栗博司(カリフォルニア工科大学 フレッド・カブリ冠教授、ウォルター・バーク理論物理学研究所所長/東京大学 カブリ数物連携宇宙研究機構 機構長)
クローン技術のもたらす問題が、生まれた環境や言語などの影響も含めて、深く掘り下げられている。ストーリや文章表現も素晴らしく、完成度の高い作品になっている。
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辻井潤一(国立研究開発法人産業技術総合研究所 フェロー 人工知能研究センター 研究センター長)
言葉が思考に及ぼす深い影響を描き、秀逸な作品。父親との関係に微妙な揺れを持ったクローンと、乾いた感性をもったオリジナルとの対比を、日本語と英語という2つの世界の対比に写し取ったうまさに感心。
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滝 順一(日本経済新聞社 編集委員)
「超訳」というのはあるが、「創訳」は初めて聞いた。思考(内部言語)と発話される言語のギャップから斬新なアイデアを育てお話にまとめあげた力作。
学生部門 準グランプリ

「ゼロ体温とオリーブオイル」
大貫 瑠香
2000年生まれ。大原簿記情報公務員専門学校水戸校在学中。3月に卒業見込。
< 作者コメント >
この度は栄誉ある賞をいただき、嬉しさと感謝の思いでいっぱいです。未来では機械とも楽しく会話ができたらいいなと思いつつ、もし性格の良い機械がいたら惚れてしまうのではないかと考えて、今回の物語を書きました。油っこくて美しくない恋物語ですが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。お世話になった方々や関係者の皆様に感謝するとともに、もっと面白い作品が書けるよう、これからも精進してまいります。
審査員コメント
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藤井太洋(SF作家)
大阪弁を話す食通の冷蔵庫、という設定に笑った瞬間からずっと作者ワールドの虜になって最後まで読み通してしまう作品。人は家電に恋をする。家電の過去を暴けば傷つきもする。だって恋をしているんだもの——本当に素晴らしい作品だった。
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中野信子(脳科学者)
会話のテンポはよく、楽しんで読める作品です。設定も面白い。
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森内俊之(将棋棋士)
人間と機械の恋愛を描いた作品。主人公涼香と、人工知能搭載の冷蔵庫レイとの、関西弁を駆使したやり取りが非常に面白い。高い技術力を感じる。
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大栗博司(カリフォルニア工科大学 フレッド・カブリ冠教授、ウォルター・バーク理論物理学研究所所長/東京大学 カブリ数物連携宇宙研究機構 機構長)
物への愛着を極端に突き詰めたらどうなるかを考えてみたことは評価できる。適度なユーモアも好ましい。
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辻井潤一(国立研究開発法人産業技術総合研究所 フェロー 人工知能研究センター 研究センター長)
大坂弁の使い方がうまい。饒舌な話をする冷蔵庫に疎ましく思いながら、恋愛に似た愛着を持つ過程が面白く書き込まれ、悲哀感の漂う結末を際立たせる。チャットする人工知能が日常化した現在、現実に起こりうる予感も。
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滝 順一(日本経済新聞社 編集委員)
機械(無機物)に愛着をもち恋愛感情すら抱くという趣向の応募作が散見されたが、その中では最も感情移入しやすい。ストーリー展開はやや冗長だが、関西弁が救いになっている。
学生部門 優秀賞

「良心の種」
関﨑 歩
1999年 長野県生まれ
2013年 長野工業高等専門学校電気電子工学科 入学
現在 在学中
< 作者コメント >
栄誉ある賞をいただけたことを、心から光栄に思います。小学生の頃、生まれて初めて好きになった小説家が星新一先生でした。当時抱いた「どうしてこんな発想ができるのだろう?」という疑問は、先生の作品を読むたびに今でも同じ鮮度で湧いてきます。この賞を糧にし、いつか星新一先生の作品のような、洗練されたアイディアの小説を書きたいです。
審査員コメント
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藤井太洋(SF作家)
恐怖心を高めた善人社会において、主人公が異物になっているという設定はとても緊張感がある。そして、新たな接種によって良心が芽吹くかもしれないという期待から失望、そして人体実験へつながっていくプロットもいい。だが、主人公の少年が設定そのままに離人症気味なのがちょっともったいない。明るく社交的な方がもっと刺さるはずだ。
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中野信子(脳科学者)
科学の進歩によって実現される管理社会的ディストピアを批判する意味で興味深い作品です。
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森内俊之(将棋棋士)
犯罪を予防する未来社会のあり様を淡々と描いている。ストーリー展開は筋が通っており読みやすいが、メリハリがあれば、更に高評価につながったかもしれない。
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大栗博司(カリフォルニア工科大学 フレッド・カブリ冠教授、ウォルター・バーク理論物理学研究所所長/東京大学 カブリ数物連携宇宙研究機構 機構長)
良心とは何かを深く考えさせる作品。恐れの感情を増幅できる薬ができたことで、どのような管理社会が生まれるかのリアリティを持ってが書かれているのがよい。
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辻井潤一(国立研究開発法人産業技術総合研究所 フェロー 人工知能研究センター 研究センター長)
良心が崇高なものではなく、恐怖の感情から生じたものという冷めたシニカルな見方も面白いし、「良心の種」で良心をもったはずの多数者が、良心が発芽しない異端者を排除していくというひねりも面白かった。
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滝 順一(日本経済新聞社 編集委員)
「良心」とは何か。作者の目は皮肉だ。臆病であることが良心的と見なされる病的な近未来社会を描き「ふつう」が当たり前とされる現代社会を皮肉った。「良心」と「悲しみ」の関係にも突っ込んだ視点を提示すればなお面白かったに違いない。
第6回 日経「星新一賞」総評
星新一賞の審査は、ジュニア部門から始まる。午前中はジュニアの審査で終る。午後は学生部門、そして一般部門の審査と続く。いちばん大変な一般部門から始めるという方法もあるだろうが、ある種のウオーミングアップということでジュニア部門から始めることにしている。ほとんどの審査員の方は小説の審査は初めてだから、最初はどうしても発言が少なくなる傾向にある。けれども、今回の審査員の皆さんは、審査が始まってすぐに多くの意見を出して下さった。第一回から司会進行を務めさせてもらっているが、これは初めてのことだった。そして、皆さんの知見の豊かさには、毎回感心させられるのだが、今年も同じように感じた。体力的にも、精神的にも大変ハードな審査になるのだが、最初から最後まで熱意を持って審査をして下さったことに心から感謝したいと思う。
毎年、応募作品にはその年なりの傾向がある。今回はAIを扱った作品が目についた。話題になった素材を取り上げるというのは、悪いことでは無い。ただ、同じようなものが重なると、若干、評価が低くなることは覚悟してもらった方がいい。テーマ、素材の選び方は、とても重要なことだ。書き出す前に、もう一度考えることが必要だろう。
審査員の方から、宇宙を扱ったものが少ないのは、どうしてですかという質問が合った。参考のためにここに記しておく。
AIに関して言っておくと、それに対してポジティブに捉えているものが多かった。破滅や悲劇で物語を終わらせるのは、難しくない。それをポジティブに語るというのは、実は難しいことなのだが、それに挑戦している作品が多かったのは素晴らしいと思う。
各部門について簡単に触れておく。
ジュニア部門は、毎回、審査員の皆さんから、最も面白いという声が出る。今年も同じような感想をいただいた。作品の完成度という意味でも毎年高くなっているように思う。ただ、突出するものが減ってきたようにも思う。まとまりが良いというのは、歓迎すべきことなのだが、それはしばしば全体を丸くしてしまうことにつながることもある。ジュニア部門らしい伸びやかな作品が多くあれば、と思う。
これはジュニア部門だけの問題ではないが、設定とキャラクターだけで、物語はあらすじだけになってしまう作品が増えたように思う。イントロダクションだけで終わってしまう作品も少なからずあった。設定やキャラクター造りは大事なことだが、それは物語の土台でしかない。Webノベルやゲームの影響だろうという審査員からの指摘もあった。もっと様々な小説を読んでいただきたい。
せっかくのアイディアを生かさなければもったいない。
学生部門については、次の世代をサポートする意味で造られたのだが、応募作品が少ないように思う。受賞の可能性も高いし、何よりも新たな視点が生まれるという期待もある。次回はより多くの作品が応募されることを望みたい。
応募作品そのものの完成度は高くなっているし、そこで語られるテーマも、学生ならではという視点もある。その意味では期待に応えてもらっているように思う。それだけにもっと多くの作品に触れることができることを期待したい。
一般部門は審査の基準が最も厳しくなる。今年も例外ではなく、事前の審査で上位にあった作品が、論議の中で圏外に落ちるということが少なからずあった。
科学的な知識の誤認や不足という指摘が幾つもあった。審査員の皆さんの専門的な知見に触れることが出来るという意味では大変貴重な時間なのだが、応募作品にとっては厳しい時間だと思う。また、設定やアイディアに関わる説明に不必要なほど多くの字数が費やされるという傾向も見られた。それが小説的に活用されていれば素晴らしいのだが、残念ながら知識の羅列で終わっているものも散見された。レポートなら問題ないのだが、やはり小説としての構成に問題があると評価されても仕方が無いだろう。
応募者の皆さんは応募前に読みなおしているだろうと思うのだが、もう一度全体としてどうなのか、確認しながら再読していただければ、こうした欠陥を調整できるのではないかと思う。
また、これは今回だけに限ったことかも知れないが、上位作品とそれ以外の作品の間に大きな差があったように思えた。どのような作品がどのように読まれ評価されたか、審査員の皆さんの講評を参考にしていただければと思う。
星新一賞を他の文学賞とは異なったものにしているのは、審査員の皆さん、そして応募者の皆さんの力だ。心からの感謝を捧げたいと思う。ありがとうございました。
日経「星新一賞」最終審査会
司会進行 鏡 明
審査員コメント
藤井太洋(SF作家)
眠り草によるディストピアと、僅かに残されたインターネットという背景設定には既視感があるが、リズムゲームを用いた通信が主役になるアイディアに驚かされた。財産となるジェムが絵文字で書かれているのも、通信帯域を削減する手法を少ない文字数で説明してくれているのも上手い。
中野信子(脳科学者)
新しさのある思考を促す作品で、星新一賞にふさわしいと思います。単なる読むだけの物語でなく、読み手に"理系的な思考"を体験させることを可能にしています。
森内俊之(将棋棋士)
ゲームを中心とした、限られた世界での出来事を想像力を駆使して描いている。論理的な構成が素晴らしく、楽しく読める。星新一賞グランプリに相応しい作品なのではないだろうか。
大栗博司(カリフォルニア工科大学 フレッド・カブリ冠教授、ウォルター・バーク理論物理学研究所所長/東京大学 カブリ数物連携宇宙研究機構 機構長)
ゲームを使うしか通信手段がなくなったという設定で、人類どのように文明を再構築していくかの思考実験として面白い。理系の考え方が主役になっていることが星新一賞にふさわしい。
辻井潤一(国立研究開発法人産業技術総合研究所 フェロー 人工知能研究センター 研究センター長)
伝統的な小説、SF小説の枠も超越した作品で、物語としての読みづらさはあるが、頭の体操として読んでください。従来の枠にとらわれない作品を選ぶ星新一賞にふさわしい作品。
滝 順一(日本経済新聞社 編集委員)
星新一賞ならではの作品だ。情報伝達の論理自体がストーリーの中核を構成する。通常の文学賞でグランプリに輝くことはまずないだろう。審査員間の激論の末、ユニークさを評価した。