一般部門 グランプリ(星新一賞)

「森で」
白川 小六
大学を卒業後、いくつかの会社を経てフリーのグラフィックデザイナーに。ずっと児童書やジュブナイルを書きたいと思いつつ、育児と家事と仕事の三立にてんてこ舞いの日々を過ごす。下の子が十歳になり手がかからなくなった三年ほど前から、やっと小説を書き始める。現在、カクヨムで修行中です。
< 作者コメント >
この度は、素晴らしい賞をいただき、ありがとうございます。とても嬉しいのですが、まだ実感がなくて、夢じゃないかと半信半疑です。中学頃から読み始めた星先生のショートショート群の中でも、『ようこそ地球さん』の中の『処刑』が、私の中に強烈に刷り込まれています。あのくらいインパクトと余韻のある作品に少しでも近づきたいと、試行錯誤して書きました。読んでいただけたら幸いです。
一般部門 優秀賞(JBCCホールディングス賞)

「テツノオトシゴ」
荒金 新也
1967年、福岡県に生まれる。86年、福岡県立光陵高校卒業。87年、東京工学院芸術専門学校入学を機に上京。88年、同校中退後、音楽活動。97年から日本興業銀行契約社員。2013年から、みずほ銀行パートナー社員。現在に至る。
< 作者コメント >
選んでいただき、光栄に思います。同時に、たいへん驚いています。ショートショートという限られた制限の中で自分の思い描いた世界観をどう表現すべきか。そのことで思い悩みましたが、自分自身が楽しめるものを描くということを中心に考えて、どうにか書き上げることができました。日常に現れた異質なものが少しずつ肥大化していく。そのような作品が選ばれたことを嬉しく思います。
審査員コメント
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夢枕獏(作家)
どこか詩的で、少年のナイーブな感性もよく描けていると思います。これは「森で」とは別に、四〇枚くらいのいい短篇になりそうです。ブラッドベリを思い出しました。
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小野雅裕(NASAジェット推進研究所 技術者)
世界観の構築に秀でた作品。謎を中盤まで引っ張った点も良い。もっと引っ張った方が良かったかもしれない。一般部門と学生部門は概して、設定に凝っている割にキャラクター造形や人物描写が等閑な作品が多かった。SFはサイエンスである以前にエンターテイメントなのだから、設定も「理系的思考」も小道具に過ぎぬ。それに対してこの作品は、「テツノオトシゴ」という謎めいた設定も光るが、あくまでフォーカスは少年の心の孤独にある。それが良かった。僕も小学生の頃、教室で孤独だった。あの時、街にテツノオトシゴが生えてきてくれたら…と想像してしまった。
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池上高志(東京大学大学院総合文化研究科教授)
不条理であること。なにか納得のいく説明のないこと。それが人間世界を特徴つける気がするが、それは常に個人的な想いにとどまるとは限らない。ある具象的な形をとって、しかも詩的に現れることがある。この作品のように。
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本仮屋ユイカ(女優)
童話のようで、金属柱がどんどん街に増えていくなんて現実に起きたら、とても恐ろしい事なのに、穏やかに読み進められました。一体どんな金属の森になっていくのだろうとその好奇心が掻き立てられ、その美しさに期待まで膨らんだのは、作者の作り上げた世界観のなせる技なのだと感じました。
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坂本真樹(電気通信大学大学院情報理工学研究科教授 人工知能先端研究センター副センター長/感性AI株式会社COO)
まず,テツノオトシゴという名称にセンスを感じました.不思議な異物に恐怖を感じる人々と,異物を自然に受け入れる少年が対比的に描かれている点がとてもよかったです.テツノオトシゴは結局何なのかわからないところが気になって,忘れられない作品になりました.
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滝 順一(日本経済新聞社 編集委員)
不気味で不条理な世界を描き、SF的なマインドを強く刺激する作品だ。テツノオトシゴが生み出す音響がまた不気味で美しく聞こえてくる。
一般部門 優秀賞(東京エレクトロン賞)

「パペットと生ペット」
鵜川 龍史
1977年大阪府生まれ。慶応義塾大学文学部国文科卒業。ゲンロンSF創作講座2期受講生。第1回ブンゲイファイトクラブ本戦出場。都内の私立中高一貫校(男子校)で教員として勤務中。小説執筆の傍ら、コントの自作自演や、小学校での落語実演のボランティア、音楽劇団への脚本の提供も行っている。
Twitterアカウント:@ryujiu
エブリスタ(小説投稿サイト):https://estar.jp/users/150755924
< 作者コメント >
若い頃は叫ぶみたいに書いていた。それが、教員を長く続ける中で、言葉を届けることを第一に考えるようになっていた。舞台や授業は、相手を見ながら表現できるところが面白い。一方で、小説は声なき声を拾うことに長けている。普段は聞き逃してしまう小さな声をポリフォニックに響かせることもできる。加えて、短編は再読しやすい。二度三度と耳を傾けて、小さな声の物語を捕まえてもらえたなら、これほど嬉しいことはない。
審査員コメント
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夢枕獏(作家)
生きていた時とほとんど同じように、死んだペットをパペットとして蘇らせることのできる世界。これを心温まる話に仕上げている。ほんとに、これ、実現しそうで、ちょっと怖いかも。
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小野雅裕(NASAジェット推進研究所 技術者)
泣いた。再読して、また泣いた。だからこの作品は推さねばならぬと思った。全部門の最終候補45作品で、自分の娘に読ませたい作品を一編だけ選ぶなら、僕は本作を選ぶ。ロボットやAI技術で死を克服するという設定は今年の他候補の多くと共通していたが、ストーリーが設定に呑まれず、命と死の本質的意義を読者の心の深くに問うことに成功している。「森へ」と並び、世に出さなくてはならぬ傑作である。唯一、タイトルだけが惜しい。
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池上高志(東京大学大学院総合文化研究科教授)
永遠の命は、しかしすべての人の願いではない。科学や医学が進む今、死ぬことの自由、死なせてあげられる強さ、は大きな問題となってくる。
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本仮屋ユイカ(女優)
命って何なのだろうと深く考えさせられた作品でした。"罪の意識"を感じながらも、パペットにデータが入るシーンでは、犬の形をした塊に命が宿るような鮮やかな文章に心を奪われました。
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坂本真樹(電気通信大学大学院情報理工学研究科教授 人工知能先端研究センター副センター長/感性AI株式会社COO)
マインドローディングのペット版の作品かと思いましたが,ペットと人間の関係について考えさせられる作品でした.悲しいような,安心するような,作者と主人公と女の子の優しさを感じることができました.
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滝 順一(日本経済新聞社 編集委員)
死について考えさせられる作品だ。死ぬときの記憶を持って生まれ変わった意識というものに普通は出会わない。死は一方通行だからだ。記憶を外部化し生にもどってこれるとしたら?著者は深い議論を投げかけた。
一般部門 優秀賞(アマダホールディングス賞)

「ニューロマンザイ」
東 一眞
鹿児島市出身。筑波大卒、同大学院経営政策科学研究科中退。民間企業に勤務。趣味はAfterEffectsを使った動画制作と、断食。
< 作者コメント >
中学生のころ、星新一先生のエッセイ集を読んで、「こんな達意簡明な文章を書けるようになりたい」と思いました。それから約半世紀後、先生の名を冠した栄えある賞を、学生時代に衝撃を受けたウイリアム・ギブスン「ニューロマンサー」のパロディーで頂けたことは、夢のようで、冗談のようで、非現実的なことに思えます。そして最高に嬉しいです。審査員の皆様と、関係者の皆様に感謝申し上げます。ありがとうございました。
審査員コメント
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夢枕獏(作家)
たいへんに馬鹿ばかしくて、楽しいお話しでした。こうなったらとことんエスカレートさせて、どんどんワルノリして、批評の手が届かない次元にまで行ってしまってもよかったのでは。
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小野雅裕(NASAジェット推進研究所 技術者)
面白かった!《超絶》AI漫才を武器に漫才師が悪を懲らしめ世を正す!このサイコーなアイデア、もっと面白く書けたと思う。決定的に足りなかったのが《超絶》マンザイの具体例である。「スーパー日立」のネタがいかに《超絶》へと進化するのか、是非とも読みたかった!もし第七回星新一賞最終審査会の翌日に、審査員の男女6名が日経新聞社の会議室で遺体となって発見され、警察による司法解剖の結果死因が笑死と断定されていたならば、この作品は間違いなくグランプリを獲っていただろう。
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池上高志(東京大学大学院総合文化研究科教授)
超高速で展開する超絶AIマンザイのスラップスティック。真面目にバカげたことに実際のAIの研究もうつつを抜かすしてもらいたい。この小説のように。
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本仮屋ユイカ(女優)
"この時代のこの星で唯一無二"と称される2人に同じ表現者として心から憧れました。映像化するとしたら、観る人全てが文字通り抱腹絶倒してしまう漫才を作るのはとても難しいと思いますが、ぜひ、多くの人と一緒に「超絶」マンザイを体験してみたいと思いました。
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坂本真樹(電気通信大学大学院情報理工学研究科教授 人工知能先端研究センター副センター長/感性AI株式会社COO)
AIによる大喜利がありますが,AI漫才で究極の笑いができることで,どんなことをありうるかを考えて作られた作品かと思いました.最後に,ヘリウムガスに置き換わった酸素吸入で声が変わって,それでまた笑い,,というオチは予想できず,とにかく面白かったです.
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滝 順一(日本経済新聞社 編集委員)
漫才を題材に、本当にばかばかしいほど空想的なSF的小道具を使って、ただ笑うしかない漫才のような話をつくってみましたという印象ですね。超絶レベルの落ちで審査員を笑い殺すところまでは著者が意図していなくて命拾いしました。
一般部門 優秀賞(日本精工賞)

「Black Plants」
関元 聡
千葉県出身、茨城県在住。東京農業大学農学部林学科卒。同大学院農学研究科修了(造園樹木学専攻)。都内のコンサルタント企業に勤務。技術士(建設部門)。
< 作者コメント >
この度は栄誉ある賞を頂き、ありがとうございました。仕事柄、客観的事実を粛々と記述するいわゆる〝報告書〟ばかり書き慣れていましたので、頭の中で作り上げたフィクションを積み重ねていく作業はたいへん刺激的で楽しい時間でした。なるべく理系的であろうと意識する一方で、自分の文系的な部分が活性化していく感覚は心地よく、中毒になりそうです。また次の機会があれば、今度はもっと明るい話も書いてみたいと思います。
審査員コメント
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夢枕獏(作家)
いいですね。色々不思議な生物が出てきますが、その描写もほどがよくていい。こういう地球の終わり方もアリでしょう。ぼくはこの作品が高得点でした。
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小野雅裕(NASAジェット推進研究所 技術者)
力作だったが、テーマが重なる「森で」と比較すると、アイデア、ストーリーテリング、キャラクターの魅力、そして結末、どの面を取っても完全に負けてしまった。
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池上高志(東京大学大学院総合文化研究科教授)
いったん野生の「人工植物」が世界に放たれたら、そこには人工も現実もない。たちまち進化が始まる。Augmented Evolution. そんな世界が色鮮やかに描かれる。
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本仮屋ユイカ(女優)
"一般家庭の消費電力程度なら賄える"電果、「なるほど!そういうアイディアがあったのか!」と喜んだのも束の間、新しい生態系の出現に目の前が暗くなりました。最後の絶望を目の当たりしながらも努めて冷静に状況を伝える主人公の台詞に引き付けられ、「もし私が演じるとしたらどんな声音になるのかな」と、読み終えてからしばらく思いを巡らせました。
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坂本真樹(電気通信大学大学院情報理工学研究科教授 人工知能先端研究センター副センター長/感性AI株式会社COO)
人工的に作り出した植物から,想定していなかった植物連鎖で新しい生態系ができる.これまでの人間を植物連鎖の頂点とした生態系にとって,脅威となることは確かに予想される中での最後の一言.この作品で作者は何を伝えたかったのかと考えさせられる終わり方がよかったです.
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滝 順一(日本経済新聞社 編集委員)
奇想天外な生態系を発想し黙示録的な世界観を創造した。筋立てに理系的な発想を強く感じる。
一般部門 優秀賞(旭化成ホームズ賞)

「ムーンショット研究申請書」
人鳥暖炉
京都大学薬学部卒。博士(薬学)。遺伝子治療や合成生物学の研究に携わる研究者。「その空白を複製で」で第三回星新一賞準グランプリ(IHI賞)を受賞。「田舎の怖イ噂」(竹書房)ならびに「5分後に猛毒なラスト」(河出書房新社)に作品収録。架空生物が実在する世界があった場合、そこではどのような分子生物学的研究がなされるかを考える企画「異世界分子生物学会」では第二回年会長を務めた。
< 作者コメント >
再びこのような栄えある賞をいただくことができ、大変嬉しく思います。最近は実験を代わりにやってくれるロボットがあるらしいけど、個人的には書類作成を代わりにやってくれた方が嬉しいなぁ――などと考えたところから、この小説は始まりました。ちなみにこれは余談なのですが、受賞の電話を受けていた時に私がいたのは洗濯機の前だったので、やはり洗濯機というのは研究者にとって縁起の良いアイテムなのかもしれません。
審査員コメント
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夢枕獏(作家)
何かの報告書、論文、技術書まどの形式を借りた作品はままありますが、これはおもしろかった。よく考えられて、きちんとできあがっております。おもしろい。
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小野雅裕(NASAジェット推進研究所 技術者)
「銀河ヒッチハイクガイド」のようなスケールの大きいブラックユーモアが最高!!文科省より日本の研究者に交付される研究資金である「科研費」の問題は研究者なら誰もが知るところだが、それを強烈なジョークでぶった斬りにし、研究者たちに鬱積しているストレスをフィクションの力で解き放ち、物語を最大限のカオスに陥れ、その挙句に太陽系第三惑星に人類が誕生してしまうというこのナンセンスさよ。もしこの作品を落選させたらドドンコヌメリソレソレの生食を37日間強要されるのでは、という恐怖が頭を微かによぎったことは、ここだけの話しにしておこう。
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池上高志(東京大学大学院総合文化研究科教授)
実際の申請書の形をとって話が進む、現役の研究者にとっては、あまりに身近すぎて痛い作品。研究者も審査委員も早晩AI化される日はやってくる。それを大真面目に茶化した好作品。作品のアイディアも絶品。確かに茶化したくなるよ。
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本仮屋ユイカ(女優)
研究申請書という書式をとってることがユニークでした。読みながら私もこの研究に参加してる気分になりました。 "ヒトは"、背水の陣という言葉を好む有機知整体という表現に苦笑しつつも、確かに私にもそういうところがあると頷いてしまいました。
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坂本真樹(電気通信大学大学院情報理工学研究科教授 人工知能先端研究センター副センター長/感性AI株式会社COO)
科研費の申請書を書いたり,審査をしたりする研究者には,一見辛い作品でしたが,斬新な作品であることは間違いないと思いました.人工知能による作品だったらよかったのですが,人間による作品ということで,作者はきっと研究者なのだろうと思いました.申請書の内容は面白かったです.
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滝 順一(日本経済新聞社 編集委員)
審査委員会でたいへんな議論を呼んだ作品です。著者はそれを見込んで問題作を投げ込んできたのだと思います。破壊的イノベーションを実現するため地球を破壊するというナンセンスさに日本の科学研究費申請制度の現状に対するほとんど絶望感にも近いアイロニーを感じました。
一般部門 優秀賞(スリーボンド賞)

「プラスチックのない島で」
山﨑 夏梳
1984年東京都世田谷区に生まれる。小児期を米国メリーランド州ベセスダで過ごした後に帰国し、スターウォーズや星新一作品に触れながら徐々にSFの世界に傾倒する。学生時代はル・グィンやディックを好んで読む。私立武蔵高等学校、東京大学卒。児童精神科医。東京都在住。家族は妻と一男。
< 作者コメント >
私がSFの世界に興味を持つようになったきっかけは母が持っていた星新一の文庫本でした。その作家の名前を冠する賞を受賞することができ、至極光栄の思いです。本作は科学の明暗を、南国の美しい光景と対比して描くことを意図しました。何となくつけたテレビから流れてきた着想がこのように結実したことは瓢箪から駒としか言えません。最後に、この場を借りて長々しいたわ言やざれ言につきあってくれる家族、友人、そして妻に謝意を表したいと思います。
審査員コメント
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夢枕獏(作家)
映像的というよりは、映画的な作品ですね。教授の家族が死んでしまうという設定には少し無理があるように思いましたが、現代におけるプラスチックゴミ問題をテーマにしたということは評価したいと思います。
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小野雅裕(NASAジェット推進研究所 技術者)
佳作だが物足りない。教授の心の動きが不自然に静かで、かつ直線的だからだろう。僕を含む人間は誰でも多かれ少なかれ、自らの非を認めたがらないものである。自分は正しかったとマジナイのように言い続けるものである。心のダイナミズムを、もっと描くべきだったのではなかろうか。僕ならば、失意と心理的拒絶、そして世間からの批判の間で苦悩し、怒り、混乱し、精神が狂っていく教授の末路を想像する。功罪が全て無に帰すラストは日本文学ならでは良さがあると思った。
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池上高志(東京大学大学院総合文化研究科教授)
進化を手なずけようとしても、なかなかそうはいかない。常に研究者の予想を裏切ってくる。そこに研究者の日常が交錯する。
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本仮屋ユイカ(女優)
教授が妻子の行方不明の一報を受けてからスピーチが終わるまで、息が詰まるほど胸が痛かったです。自分の研究成果によって大事なものを失ってしまう運命に、人間が生み出してきた様々なものはこの地球にとって果たしてよかったんだろうかと考えこんでしまった作品でした。
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坂本真樹(電気通信大学大学院情報理工学研究科教授 人工知能先端研究センター副センター長/感性AI株式会社COO)
しばしば話題になる海洋プラスチックごみの問題を解決する研究成果についてのストーリーは良いと思いました.ちょっと無理のあるストーリー展開や設定はありましたが,研究者の悲哀が描かれていて,小説としてじっくり読むことができました.
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滝 順一(日本経済新聞社 編集委員)
海洋プラスチックゴミというまさに旬のテーマを選んで、なぜか静かで美しい印象を残す物語世界つくりあげています。途中で説明的な部分がやや冗長に感じられたのが残念です。
ジュニア部門 グランプリ(星新一賞)

「折り紙」
池田 玲亜
2006年 西宮市生まれ 大津市育ち。大津市立青山中学校に在学中 卓球部所属。『ロザンのシガQ第1回小学生クイズ王選手権』友人と二人で優勝(2018年)。星新一さんのショートショートにどっぷりはまったのが小学6年生の時。趣味は読書、クイズ、ピアノ、演劇。大のお笑い好き。この賞の応募は初めて。
< 作者コメント >
100年後の世界では古き良き遊びの折り紙も進化している…こんな発想から、この物語は生まれました。大好きな星新一さんの文学賞ですばらしい賞を頂くことができ、たいへんうれしく思います。選んでいただいた審査員のみなさん、この賞を見つけてくれたお父さん、ありがとうございます。この物語を読み終えましたら、ぜひ折り紙で遊んでみてください。
審査員コメント
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夢枕獏(作家)
まず、面白く読めたことを評価したい。ただ、折り紙が、鶴の大きさに巨大化しているわけではないので、折られない紙が宇宙まで巨大化するのは作品中のロジックとして成立しにくい。もう少し短くして、いっきに、話をラストまでもってゆけばより作品としてできあがったのではないか。好品と思う。
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小野雅裕(NASAジェット推進研究所 技術者)
面白い。素直に面白い。僕は小さい頃、ドラえもんが大好きで、中学になっても友達に隠して映画を見に行っていたのだが、そのままドラえもんの一話になりそうな面白さがある。非常にシンプルな構成に、しっかりオチがある。話のテンポも良い。二人の登場人物の掛け合いも、人物描写がしっかりされているためリアリティがある。そして何より、このユニークなラスト。その後百億年の宇宙の進化を読者に想像させて終わるラストも素晴らしい。
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池上高志(東京大学大学院総合文化研究科教授)
オリジナリティ溢れた大好きな作品。ライフゲームというコンピュータの中の「折り紙」に相当するシミュレーションがある。ぜひ、それで遊んでみてほしい。
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本仮屋ユイカ(女優)
上司と部下のやり取りにくすりと笑いながら読み進め、折り紙で様々なものが生まれていく描写にわくわくしました。最後、宇宙やこの世界への視点とアイディアに驚き、素晴らしいと思いました。
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坂本真樹(電気通信大学大学院情報理工学研究科教授 人工知能先端研究センター副センター長/感性AI株式会社COO)
折り紙のイチゴを食べてみたい!全部折り紙の星に行ってみたい!と思わせてくれるジュニアらしい夢のある作品で,宇宙と折り紙をつなげるという発想も素晴らしいと思いました.どこからこのアイディアが生まれたのか聞いてみたいとも思いました.
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滝 順一(日本経済新聞社 編集委員)
前半の会社のおじさんたちの会話の軽妙感を引き継ぎつつも、後半は目もくらむようなファンタジーの世界に昇華する展開の妙に新鮮さと驚きを禁じ得ませんでした。落ちの一言も聞いています。こんな作品をこれからも是非書き続けてください。
ジュニア部門 準グランプリ

「地球再生計画」
花香 寿直
2008年東京都生まれ。立教小学校在学中。
< 作者コメント >
受賞できて、とってもうれしいです。受賞したと聞いた時は、びっくりして、最初は何がなんだかわかりませんでした。このような長い物語を作るのは初めてだったので、書くのが大変でした。自分の中で、少し地球温だん化の事について考えていたから、この物語ができたのかなと思います。今回は選んでいただき、ありがとうございました。
審査員コメント
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夢枕獏(作家)
ドライアイスが空から落ちてくるイメージは、秀逸。指摘しておけば、北極の氷がどれだけ溶けても海水面の上昇はない。地球冷ピタ君、地球日傘ちゃんのネーミングセンスはおもしろい。なんだかありそうである。
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小野雅裕(NASAジェット推進研究所 技術者)
「折り紙」と同率グランプリと言っても差し支えない作品だ。審査会ではどちらをグランプリにするか最後まで揺れた。下書きもせずに書きなぐったような荒削りの文章の中に、輝く創造性と尖った知性を感じた。その「勢い」が本作の魅力だ。筆者の将来が楽しみである。それでいて、人類文明に投げかける重要なテーマも含んでいる。地球が滅ぶなら火星に移住すれば良いとする主張に対して投げかけられた、「今できることを後回しにして成功した試しがない」という言葉が印象に残った。我々大人たちは、この少年あるいは少女からの問題提起に、いかに応えるべきだろうか?
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池上高志(東京大学大学院総合文化研究科教授)
まるで大学の研究室で、あーでもない、こーでもないって議論しているような、とても良い作品。出てくる科学者のアイディアもステキ。いや、科学っていうのは楽しくてバカバカしいものなんです。
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本仮屋ユイカ(女優)
冷えピタくんや地球日がさちゃんの斬新なアイディア、今すぐこの現代の地球でも活躍してほしいと、思わず強く願ってしまいました。「目の前の問題を解決する方がいい」、「今できることを後まわしにして成功したためしがない」などその通りだなとドキリとする文章も多く、読んでいて背筋が伸びる作品でした。
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坂本真樹(電気通信大学大学院情報理工学研究科教授 人工知能先端研究センター副センター長/感性AI株式会社COO)
勢いを感じる作品でした.ハチャメチャなエネルギーを失うことなく成長されたら,将来すごい科学者になると思います.いかにも科学者が言いそうな言葉がたくさんあったり,「無口な人の一言はふつうの人より重い」という言葉などから,身近に研究者がいるのかな,と思いました.
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滝 順一(日本経済新聞社 編集委員)
冷えピタ君の実体が書かれていないのが、やや残念でしたが、勢いのある筆致に理屈はわからなくても引き込まれるものがありました。私たちが大事にしなければいけいないのは故郷である地球だというメッセージも明確に出ています。
ジュニア部門 優秀賞


「Yの悲劇?」
佐藤 瑠爽
滋賀県彦根市生まれ、大津市在中。NPO法人びわ湖トラスト主催JST後援事業ジュニアドクター育成塾一期生として科学を勉強中。
< 作者コメント >
この度は大好きな科学と文学が結びついた栄誉ある賞に選出、ありがとうございます。本当に嬉しいです。左脳的な知識・論理的文章構成などロジカルな部分を姉、右脳的な発想力・感性に係るクリエイティブな部分を妹が担当し、全く違うタイプの二人がケンカしつつも楽しみながら創作しました。これからも努力し、星新一先生のような素晴らしい作品を創作できるようになりたいです。
審査員コメント
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夢枕獏(作家)
よくできています。男が全ていなくなることが、世界が平和になる、というのは作品的ロジックとしては成立していると思います。女性社会で世界は平和になったが、その世界がどういうものであったか、もうひとひねりあれば、このままどこかの雑誌に掲載されても充分通用しそうです。タイトルもいいですね。
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小野雅裕(NASAジェット推進研究所 技術者)
著者はおそらく女性だろう。15歳にもならない少女にこの小説を書かせてしまった社会の罪は大きい。コミカルな内容ながら、根強く残る男女差別をシニカルに風刺する作品である。日本の男女平等ランキングが過去最低の121位だったというニュースを思い出す。作品としては、せっかくの良いテーマが十分に生かされていないと感じた。「問題作」になることを恐れてはいけない。むしろ「問題作」として批判されるくらいがちょうど良いテーマである。たとえば僕ならばこう書く。Y大統領は横暴で差別的な言葉を吐き捨ててZ博士が提案した「回避策」を握りつぶし、結果的に男性が絶滅して世界が平和になり、「タイムトラベル」によって予見された通りの幸福な社会が実現する・・・
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池上高志(東京大学大学院総合文化研究科教授)
しょせん男性は進化で淘汰されゆく存在なのだ。もっとも星新一らしい作品で、日本の男性社会についても考えさせられる作品。
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本仮屋ユイカ(女優)
X女史の「常に男性から求め続けられてきたことですが。」の一言が見事でした。私はようやくここ数年で女性の役割の多さや社会での立ち位置の難しさを理解し始めたところなので、著者の年代で鋭い視点から物語を紡いだことに驚嘆しました。
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坂本真樹(電気通信大学大学院情報理工学研究科教授 人工知能先端研究センター副センター長/感性AI株式会社COO)
「犠牲的精神を一生求められ続けても,笑顔を絶やさず職場や家族の太陽となる存在でいろ.さもなくば・・」という歴史上繰り返されてきた男尊女卑がユーモアたっぷりに描かれていました.「Y大統領が男の中の男」という設定も奥深く,ジュニアの作品だからこそより価値を感じました.
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滝 順一(日本経済新聞社 編集委員)
登場人物を3人に絞りそれぞれ役割を明確にした構成感と短い中に大きなテーマを盛り込んだ文章力に感心しました。メッセージ性もはっきりしていますね。
ジュニア部門 優秀賞

「おじいちゃんの思い出」
下平 千歳
北海道生まれの千葉県育ち。船橋市立宮本小学校6年生。趣味は読書。学校では図書委員で読書クラブ長。特に好きな作家は星新一さんで、書店に行くたびに星新一さんのコーナーを探し、読んだことのない作品が置いていないかを必ず確認しています。好きな作品は「月の光」。
< 作者コメント >
大ファンの星新一さんの賞を受賞できるなんて本当にうれしいです。家族でドライブをしているときに、100年後の世界がこんな風だったら面白いねって話していたアイデアを、夏休みの宿題として作文に書いたものです。次の回でも作品を応募できるように、100年後の未来を想像しながら、アイデアをちょっとずつ書きとめていきたいです。
審査員コメント
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夢枕獏(作家)
これもいい話だねえ。おばあちゃんが、自分の残像を残したくなかった気持ちはよくわかります。こういう人の心の部分まで踏み込んでいるというのが、よかった。
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小野雅裕(NASAジェット推進研究所 技術者)
よい作品だと思う。学校帰りの友達との会話や、未来の子供がする遊びなど、細部の表現が優れていた。「今日はお父さんとお母さんのベッドに入って寝よう」という締めの一文も、子供らしい感情が素直に表現されていて好感をもった。グランプリ、準グランプリの作品に比べて、やや印象が弱かった。このような静かな話で強い読後感を残すのはプロの作家でも難しいのだが、あえてそのようなテーマに挑戦したことを素直に評価したい。リリー・フランキーの「東京タワー」が参考になるかもしれない。
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池上高志(東京大学大学院総合文化研究科教授)
「私が死んでも、映像にはしないで。」 作中に出てくるこのセリフは、すべての未来の技術にとって問われるべき問いだ。文章力もすばらしい。
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本仮屋ユイカ(女優)
小川や緑の通学路、真っ青な空などの美しい未来の風景の中に、小型飛行機やおじいちゃんの映像が登場し、その自然とテクノロジーが美しく融合している事に希望を感じる作品でした。AIが生活に寄り添っているから得られる豊かさとそれに伴う切なさ、その両方の視点から描かれている点が素晴らしいと思いました。
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坂本真樹(電気通信大学大学院情報理工学研究科教授 人工知能先端研究センター副センター長/感性AI株式会社COO)
地球温暖化が解決されている未来と,ノスタルジーの世界が良い雰囲気を醸し出している前半,後半に明かされた真実も驚きがあり,未来にありえそうですが,そうなった時の悲しみも感じました.「私が死んでも映像にはしないで」という言葉に考えさせられました.
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滝 順一(日本経済新聞社 編集委員)
故人の思い出を3D画像などで残すのはすでに可能になりつつあります。そうした技術進歩にどう向き合うのかを考えさせてくれる作品ですね。ラストの屋外の描写がとても美しく印象的でした。
ジュニア部門 優秀賞

「何かやり残し保険」
簑田 竜也
2004年四月生まれ。趣味は読書と漫才を見ること。熊本市立西山中学校3年生の15歳。
< 作者コメント >
今回、このような素晴らしい賞に自分が選ばれるとは思っていませんでした。この作品は僕が日経新聞で興味を持った科学技術をもとに考えたもので、まだまだ満足のいく作品ではありませんが、作品を読んだ後に「いずれこんなことが現実に起きるかも」と思っていただけたら幸いです。
審査員コメント
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夢枕獏(作家)
まだ、やり残したことがさらにあって、もう一度保険加入を勧められる―――ベタですがオチとしてよいと思います。自分とガールフレンドのことしか描かれていませんが、他の友人や、御両親のこと、多少触れておいた方がよかったかもしれません。
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小野雅裕(NASAジェット推進研究所 技術者)
面白い!!!発想がすばらしい。最後のオチは全く予想できなかった。そしてこのオチが、人の生き死にまでも食い物にする物質的文明への痛烈な風刺になっている。しかも文字数は規定の三分の一の、たった1600字である。短いことで余計にパンチが効く。まさに星新一作品のスピリットである。さては、作者は星新一の転生ではあるまいか?
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池上高志(東京大学大学院総合文化研究科教授)
自分だったら、、、と思わずにはいられない。是非、何かやり残し保険に加入! 小学生のときに初めて星新一を読んだ時の「わぁーっ」という気持ちを思い出した。
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本仮屋ユイカ(女優)
まず題名が素敵です。「やり残し保険」ではなく、「何か」がつくところがミソだと思います。題名から興味をひかれました。切ないラブストーリーかと思いきや、ラストはユーモアが効いていて星新一賞らしい作品だと感じました。
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坂本真樹(電気通信大学大学院情報理工学研究科教授 人工知能先端研究センター副センター長/感性AI株式会社COO)
「何かやり残し保険」がサブスクリプション契約に移行するというのが,現代の若者らしいと思いました.そもそもこのタイトルにもセンスを感じました.こんな保険があったらいいな,というに入りたいと思いました.ショートショートらしく,短い作品ですが,とても記憶に残りました.
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滝 順一(日本経済新聞社 編集委員)
うまいと読み終わった瞬間に感じました。星新一的な見事な落ちです。故人をAIでバーチャルに生かし続けるという重いテーマを、深刻になりすぎずに、笑える作品にまとめた発想に脱帽です。
学生部門 グランプリ(星新一賞)

「就活人間」
松尾 泰志
九州大学大学院工学府 機械工学専攻在学中
< 作者コメント >
三度に渡ってこのような評価を頂き光栄に思います。就職活動は学生時代の終わりに待ち受ける試練であり、今の社会の様相を映す鏡でもあります。技術の進歩により社会が大きく変容したとき、就活生の戦い方もまた変わることでしょう。彼らに必要なのは柔軟に変化を受け入れることなのかもしれません。そんなことを考えながら書きましたが、個人的にはアクションシーンを書くのがとても楽しかったです。
審査員コメント
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夢枕獏(作家)
〝親指と人差し指がカードを挟む。摩擦熱で指先が焦げる〟このあたりの描写、いいですねえ。オチもよし。作品として、きちんと成立していると思います。
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小野雅裕(NASAジェット推進研究所 技術者)
以前に日本の大学で教えていた時、就活を控えた優秀で真面目な学生にこんな質問をした。「君の夢は何?」すると彼は真面目な顔でこう答えた。「僕の夢は、A社の場合は〇〇で、B社の場合は〇〇です。」本作に登場する未来の就活生たちは、自らをサイボーグ化し、自己を捨て、異形に変じてまで内定を勝ち取ろうとする。しかもサイボーグ就活生に与えらる課題は徹底したナンセンス。漫画のようにコミカルなストーリーに、現代の就職活動の異常性への強烈な風刺が込められている。作品としては、前半は完璧だが、後半が単なる格闘モノになってしまった点と、ラストのメッセージが弱い点が残念だった。就活生は立場が弱い。大人が決めた無意味で理不尽なルールにも、自己を捨て、夢を曲げて諂わねばならぬ。この作品は無名の学生が社会へ突きつけた問題提起である。日本の大人たちはこの作品の意味を逃げずに考えるべきだ。そして行動する責任がある。
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池上高志(東京大学大学院総合文化研究科教授)
ハイパーに改造された学生たちの荒唐無稽な就活戦争。SF映画「第9地区」を思わせる見たことのない武器の面白さと、不条理さに笑わされる好作品。最後のオチはいただけないが、、、
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本仮屋ユイカ(女優)
就活という題材はまさにその真っ只中を体験する若者ならではだと感じ、時代が変わっても最後は人間力が大事という結論に魅力を感じました。また、グループディスカッションの場面では、アニメのバトルシーンさながらで、でもその激しさや緊迫感は現代の就職活動と変わらないのだろうなと思いました。
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坂本真樹(電気通信大学大学院情報理工学研究科教授 人工知能先端研究センター副センター長/感性AI株式会社COO)
就活のグループ面接という学生らしい舞台設定の中で,人間拡張系の様々なテクノロジーが登場し,たかが就活にそこまでやるか?というスピード感のあるストーリー展開に,日本の就活の実態を皮肉を込めて描いている作品で,面白かったです.
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滝 順一(日本経済新聞社 編集委員)
就活を勝ち残りゲームとみて徹底的に戯画化した点は、登場キャラクターの異様さを割り引いても、ある種の爽快感を感じる。後半の戦闘シーンは漫画かアニメのようんだが、文章での描写力が課題だとも思えました。
学生部門 準グランプリ

「アイのレンズ」
山部 文子
東京都出身。筑波大学医学類在学中。
< 作者コメント >
4年前、星新一賞のCMを見て初めて書いた短編が第4回の最終選考に残り、創作活動の楽しさを知りました。『アイのレンズ』は白内障の手術を見学して思いついたアイデアです。現在の技術が発展したらどんな世界が生まれるのか、その世界に自分がどのように関わっていけるのかを考えながら、身近な医療をテーマに書きました。学生生活最後に素晴らしい賞をいただき大変嬉しく思います。ありがとうございました。
審査員コメント
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夢枕獏(作家)
科学の発達した未来は、どうも死者と過去と向きあう傾向があるらしい。これは、今回他の多くの作品と共通しているテーマでした。これもそういう作品のひとつ。これも、なかなか、考えさせられました。
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小野雅裕(NASAジェット推進研究所 技術者)
仮想現実と痴呆を並列して論じるアイデアが良い。言われてみれば確かに、現実にはないものを現出させる点で、新技術ともてはやされるARも、ネガティブに捉えられる痴呆も同じなのだ。違いは、情報処理が行われるのが体外のコンピューターか体内のコンピューターかというだけだ。読みやすく、起承転結がきっちりとあるのも良い。作品としてはこれといった欠点はないのだが、しかしどこか物足りない。もしかしたら「いい作品を書こう」としすぎてしまっているのではなかろうか?これは本作に限らず、学生部門の最終候補作全般に言えることだと思う。ジュニア部門の作品の方が、小説としては荒削りでも、自由で、素直で、奔放で、ぶち抜いていて、爆発していて、そして面白かった。来年学生部門に応募される方は、「理系的思考」や小説のテクニックなどはいったん忘れ、小さな頃に何にワクワクしたかを思い出すことから始めてみてはどうだろうか。
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池上高志(東京大学大学院総合文化研究科教授)
重たいHead Mount Display つけないでVR,ARが享受できるなら、仮想と現実の堺はどんどん薄められて、人の認知の正常性もまた揺らぐ。この作品はほんとに10年以内に起こること。
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本仮屋ユイカ(女優)
眼自体がスマートフォンのような役割をしている世界、自然と想像が膨らみ、その世界観にぐっと引き込まれました。 お母様の姿が"見えない"ときは、主人公は問題にし心配するけれど、"見える"ことを共有できると途端に安心しその世界は存在することになるの姿を見て、改めて人間にとって"見る"ことがいかに大きいか感じる作品でした。
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坂本真樹(電気通信大学大学院情報理工学研究科教授 人工知能先端研究センター副センター長/感性AI株式会社COO)
スマートコンタクトや認知症者の見える世界を体験できる技術はすでに開発されていますが,認知症という,未来に克服できているかどうかまだわからない問題について,筆者が深く考えていることが感じられた作品でした.
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滝 順一(日本経済新聞社 編集委員)
VRであれ幻覚であれ見るものにとって価値は等しいかもしれない。そう考えアイ(愛)のレンズと著者は呼ぶのだろう。着眼点のユニークさを評価した。物語の進め方はもう少し整理した方が読みやすいと感じた。
学生部門 優秀賞

「死者人形」
亜済 公
東京都に生まれる。私立桜丘高等学校在学。文芸部、囲碁将棋部に所属。小説家では安部公房や円城塔を特に好む。「箱男」や「Self-Referense ENGIN」。その他、「ハーモニー」「皆勤の徒」「風牙」「ランドスケープと夏の定理」「アルファルファ作戦」「空の境界」「海と毒薬」「コンビニ人間」などの作品にも感銘を受けた。
< 作者コメント >
選考に携わった皆様、ありがとうございます。このような形で自分の作品が評価されることを、とても嬉しく思います。書きたいのに書けない日や書きたくなかったはずなのに意外と書ける日、書こうと思っていたのに書かなかった日や今日は書かないぞと思ってやはり書かなかった日など、自分の創作活動は気まぐれですが、今回の受賞を糧により良い作品を生み出せるよう努力していこうと思います。
審査員コメント
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夢枕獏(作家)
〝男が、歯でもって少女の乳首(シリコンでできている)を噛み切る光景。(略)最後には潔くぶつりと切れる〟この〝潔く〟が入ることによって、表現のステージがひとつあがっています。こういう表現が四〇〇字原稿用紙一枚について、一カ所くらいある作品は、おもしろいに決まっています。人間の暗い情念に踏み込んでいていいですね
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小野雅裕(NASAジェット推進研究所 技術者)
僕はこちらを準グランプリに推した。不快感を読後に残す、悪臭を放つ作品である。どんな臭いであれ、無味無臭の透明よりも、僕は臭いのある作品が好きだ。その悪臭の裏にあるテーマも奥深い。此岸にある日常と彼岸にある狂気が「複雑に絡み合った道」で連結されている。そしてその道は「時として意志のようなものを持つ」という。この不気味な構成の中に、あらゆる狂気は正気に混じっているという暗示がある。ラストに主人公が狂気のわずかな片鱗を見せ、そして読者自身の心の中に潜む狂気を見抜くような描写があればさらに良かった。
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池上高志(東京大学大学院総合文化研究科教授)
死者をアンドロイドにしても、救われないのか。人の性は現在も未来も変わることはない。いま若い人の目に映る多くの未来像は、この作品のようにディストピア感が半端ないように思う。その意味で、この世代の世相を表している。
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本仮屋ユイカ(女優)
題名からして背筋が冷たくなり、胸騒ぎを覚える作品で、その期待を裏切らない世界観の濃い作品でした。嫌悪感や恐怖を感じ胸がむかむかするほどの巧みな書き手の方だと思いました。
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坂本真樹(電気通信大学大学院情報理工学研究科教授 人工知能先端研究センター副センター長/感性AI株式会社COO)
セクサロイドなど,アンドロイドについては,すでにいろいろな使われ方が議論されており,発想自体は奇抜なものとは思いませんでしたが,陰湿さが見事に描写され,センセーショナルで,確かにあり得そうな恐ろしい未来をみさせられた作品です.目を背けたいような世界ですが,目を背けてはいけないのだと思いました.
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滝 順一(日本経済新聞社 編集委員)
死者の模造品とともに生きる人の孤独と狂気のようなものを一人称の視点から描いた。独特の見方とストーリーテリングにオリジナリティーを感じました。SF的テーマを前面に出さず読み込んで物語にしている点などよく考えられていると思います。
第7回 日経「星新一賞」総評
星新一賞には他の文学賞には見られないユニークなところがある。最終審査をお願いする審査員の構成だ。六人、偶数である。つまり三対三になれば、多数決という決定システムが機能しない。そしてそれがこの最終審査の素晴らしいところだ。どこまでも議論で結論を得てもらいたいからだ。審査員のみなさんには、多大な負担をお願いすることになるのだが、幸いなことに、審査員のみなさんはこのやり方を快く受け入れて下さった。最終審査がいつも素晴らしい議論になるのは、もちろん、審査員のみなさんのお力のおかげであるのは確かだが、この偶数という構成も機能しているのではないかと思っている。
今年も、最終審査は素晴らしかった。例年と異なっていたのは、審査結果についての質問があったことだ。具体的には、該当作無しの有無についての質問があった。つまり審査の結果として、入賞作としてふさわしくないものしか残らなかったらどうするのか、ということだったが、これは星新一賞の入賞作の数が多いということから来る質問であるし、無理に入賞作を決めるのは賞の価値を落とすのではないかという意味もあった。その趣旨はよくわかる。事務局サイドを代表してわたしが答えることになったが、全ての入賞作を決めて欲しいということをお話しさせてもらった。星新一賞は、優れた作品を顕彰するのと同時に、応募してくれたみなさんを勇気づけることも目的にしている。その旨を説明させていただいた。もしもどうしても認めがたい作品があったとしたら、講評の中でそれを述べていただきたいとお願いした。今回の講評の中に辛口のものが含まれているかも知れないが、それはこのような論議の結果である。長所だけではなく、欠点を指摘してもらうことは、みなさんのためになると信じている。
審査の議論はいつも学ぶことが多い。この議論を公開してみたいというのは、毎年感じることだが、現実には難しいだろう。ここでは、幾つか、みなさんに参考してもらいたいことを挙げておきたい。
まず、今回何度か論議の中で出てきたのは、科学、そして科学的ということにどこか誤解があるのではないかということだった。科学というのは、難しいことでは無く、考え方、物の見方だということだ。審査を通じて、科学はもっと自由で楽しいものなのだという空気が強く感じられた。具体的には今回の入賞作を見てもらえばわかると思うのだが、科学が前面に出たハードな作品よりも、ソフトな作品が目立つ。科学に関する論議の結果だと思う。また、科学的であろうとした結果だと思うが、アイディアや事象についての説明に終始している作品もあった。小説としての完成度に気を配って欲しい、という意見があった。
科学というものについて、もう少し深く考えてもらえると、より良い作品が生まれるように思う。
今回の審査で、特徴的だったのは、女性視点ということだった。男性視点からはさほどではないと思われた作品が、女性視点を加えることで評価が高くなったケースがあった。ジェンダーフリーな状況になりつつある現在、ことさらに性差を取り上げるのは時代錯誤だろうが、それでも、視点の差があるのは事実であるし、それを尊重する必要もあるように思えた。今回は女性審査員が複数であったからこのような論議が生まれたのかも知れない。今後の審査員の構成も考えておくべきだろう。
審査はジュニア部門から始まる。文学賞の審査は初めてという審査員がほとんどなので、雰囲気や議論に慣れていただくということで、ジュニア部門から始めるのだが、今回は、最初から実に活発な意見が交わされた。予定時間を一時間近く超過することになったが、ジュニアということで軽く見るのではなく、真摯に作品に向かい合っていただいた結果だと思う。
作品の傾向としては、数年前に見られた破滅的な未来や、悲観的なものよりも、ポジティブな方向のものが多かった。破滅的な状況であっても、それを解決するという思考があったように思う。明るい未来ということだけが正しいわけではないが、わたしとしては、ジュニア世代には未来を信じて欲しいと思う。
学生部門に関しては、かなり厳しい意見があった。学生部門という考え方そのものに問題があるのではないかという意見もあった。この部門を新設した側の人間としては耳が痛い意見であったが、この世代のみなさんに科学や理系的な思考に興味を持って欲しいという意図であったし、この世代のみなさんにもっと応募して欲しいという願いがあった。応募者が増えれば、多くの問題は解決するように思う。応募を促進する方法も考えるべきだろう。
作品の傾向としては、全体に向上していると思える。ただ、小説というよりもレポートではないかと思える作品があったり、科学に対する誤解があるという厳しい意見もこの部門で語られた。自由な雰囲気のジュニア部門との対比の結果ということもあったかも知れない。若さにまかせて書かれた作品があってもいいと思える。日本の様々な分野で十代の素晴らしい才能が生まれている。この部門にもそのような才能が存在していると信じている。
一般部門は安定してきたように思える。いずれの作品も過不足なく書かれていた。けれども、このような状況でしばしば起きることなのだが、平均的な作品が増えてしまうことがある。せっかくのアイディアがうまく生かされていないケースが幾つかあった。惜しいと思う。また幾つかの作品で同じアイディアが既に書かれているのではないかという疑問が出されたが、同じアイディアであっても、処理が異なっていれば許されるのではないかという結論に至った。が、やはりフレッシュなアイディアの方が望ましいと思う。
これは学生部門とも共通することなのだが、限定された文字数の中で消化しきれていない作品があった。つまり長編のアイディアを持ち込んでしまったために。消化しきれず、長編の発端としか思えない結果となっているわけだ。もったいない。アイディアが枠の中に入るかどうか、一度確認するだけでこうした失敗は減ると思う。
審査員のみなさんの専門分野に合わせてくる作品があるが、多くの場合、逆効果になる。専門分野に対する審査員のみなさんの目は極めて厳しい。当然のことだ。審査員のみなさんの専門分野に挑戦する勇気は評価したいが、そのためには十分な知識と何よりも敬意が必要だと思う。
色々述べてきたが、各部門とも、全体のレベルは高くなってきた。素晴らしいことだと思う。この賞が成立しているのは、審査員のみなさんを含めて多くの方々の助けによるところが大きい。ありがとうございました。そして応募者のみなさんの力が何よりも重要なことだと思う。今回の応募者のみなさんに感謝したい。ありがとうございました。次回も多くの方が応募して下さることを期待します。
日経「星新一賞」最終審査会
司会進行 鏡 明
審査員コメント
夢枕獏(作家)
よくできた話でした。しかし、これは長篇のあらすじのようになってしまいましたね。これをもとに、長篇化して、数人のキャラをきちんと立てたら、一冊の本として書店に並んでいてもおかしくありません。心ある出版社がありましたら、ぜひ。
小野雅裕(NASAジェット推進研究所 技術者)
これは世に出さなくてはならぬ傑作だ。斬新なアイデア、洗練されたストーリーテリング、印象に残るキャラクターと、名作SFのレシピが全て揃っている上に、投げかける社会的テーマも非常に深い。他作品は説明しすぎて興を損なうものが多かった中で、読者に選択肢を与えて終わる本作は強く印象に残った。この作品は普遍的価値がある。日本語だけでは勿体ない。翻訳して海外のSF文学賞にも投稿してはどうだろう。
池上高志(東京大学大学院総合文化研究科教授)
人間にはどこかに植物への憧憬がある。いつかは科学の力で、全人類が植物化する時が訪れるかもしれない。戦争と飢餓とウィルスと植物化をテーマに、静かに熱帯雨林を見下ろすようなスケールの大きな作品。
本仮屋ユイカ(女優)
設定も緻密で、物語進行も巧みで、素晴らしいと思いました。この世界をよりよい世界を良くしたいという純粋な思いから生まれたものにも関わらず、受け取り方次第でそうはならない、当たり前のことですが、そのことに気づかされ、歯痒く思いました。登場人物それぞれの歩んできた道や抱えてる気持ちをさらに深く知りたい、ぜひ長編大作としても楽しんでみたい作品だと思いました。
坂本真樹(電気通信大学大学院情報理工学研究科教授 人工知能先端研究センター副センター長/感性AI株式会社COO)
審査を忘れて読めてしまうような,超大作にもできるストーリーでした.光合成できるヒトを作り,ヒトを緑化し,植物化するという発想が面白く,その背景に,人類の搾取や暴力など悲しい現実も描かれており,オチも考えさせられる作品でした.
滝 順一(日本経済新聞社 編集委員)
とにかく読ませる作品でした。著者は、国際協力活動などでアフリカあたりにいた経験があるのでしょうか。説得力ある描写に筆力を感じました。